エリザベス・ギャスケル

 エリザベス・ギャスケル(Elizabeth Gaskell)、または、単にギャスケル夫人と呼ばれる彼女。チャールズ・ディケンズ編集する雑誌ハウスホールド・ワーズなどにも作品を載せていたビクトリア朝女流作家です。その知名度は、ディケンズや、友人であったというシャーロット・ブロンテなどに比べ、比較的低く、私も、BBCでジュディー・デンチ主演でドラマ化されて話題となった「クランフォード」(Cranford)を見るまでは、彼女の作品は読んだ事がなかったです。

ギャスケルは、ロンドンで生まれたものの、1歳にして母を亡くした後、父により、チェシャー州ナッツフォードの母方の叔母の元へ送られ育てられます。ギャスケルは、この叔母さんに非常になついて、また、強い女性が沢山、互いに支えあいながら生活をしていた、ナッツフォードでの幼少期に影響を受けたようで、「クランフォード」のモデルは、このナッツフォードだと言われています。
この物語は、クランフォードでの、住人の時にコミカルな生活ぶりを描いたドラマ。変わらぬような毎日の中、鉄道がクランフォードにやって来る計画や、新しく若いハンサム医師の到来など、町に少しずつ変化が訪れる。

ギャスケル夫人は、社会や人間の善意に基本的に信頼を持っていた人の様で、クランフォードの住人達は、お喋りゴシップおばさん、気難しい老婦人なども、いざとなると一致団結して、隣人の手助けに走る。

植物や花に関する描写なども面白く、しばらく空き家になっていた家に病人が移り住んだ際、隣人が、しばらくこもっていた室内の空気を良くするため、暖炉で燃やす用のラベンダーを送るシーンや、昔の恋人から、花束をもらったが、どういう意味があるかと、花言葉の本を出して調べるシーンなどありました。

私は、原作はまだ読んでおらず、テレビドラマのみを見たのですが、このBBCのドラマは、著者の他の短編小説なども織り込んで、多少の脚色がしてあるようです。
このドラマをきっかけに、うちのだんなの古い本の中にあった彼女の代表作「ノース・アンド・サウス」(North and South)を引きずり出し、埃を払って、最近になって、初めて読んでみました。

美しくのどかなイングランド南部出身のヒロイン、マーガレットが、北部の新興の工業都市に移り住み、そのまるで違う生活ぶりに対するカルチャー・ショックを受けながら、南部やロンドンでは関わった事の無かった様な人間と新しい友情を作っていく。

このミルトンと名づけられた北の町は、ギャスケル夫人自身が住んで良く知っていたマンチェスターがモデルだそうです。工場で働く労働者階級の暮らしぶりの描写なども、彼女の実際の体験の産物。(上の絵は、工場からの煙吹くマンチェスターの遠景。)当時は、コットンポリスなどとも呼ばれ、織物の工場がひしめいていたマンチェスターの労働者達の生活は、小説内に描写されるよう、かなりひどいものがあったのです。

工場の労働者によるストライキなども話しに出てきます。現在でもそうですが、ストライキもバランスが肝心。多少の労働環境や賃金の上昇は、望ましいものの、要求が高すぎると、工場主がストライカーを解雇し、他の労働者を求める結果に終わったり(この物語の場合はアイルランドからの労働者が代わりに雇われたりします)、または、ストライキの影響で、工場主を破産に追い込み、最終的には、自分達の職もそれによって消えうせたり。

マーガレットと、ミルトンの工場主の一人ソーントン氏との恋愛が、最初は意見の対立から始まるところなどは、ジェーン・オースティンの「自負と偏見」の様に、「嫌い嫌いは好きのうち」風で、適度にもどかしく、先へ先へと読み進めさせてくれます。

「ノース・アンド・サウス」でも「クランフォード」でも、ヴィクトリア朝の社会の変化やそれに対する庶民の反応、階級制度の問題が良く描かれていて、それも興味深い。

両方の作品に、女性が葬式に参列しなかったという風習が徐々に変わっていく描写があったり。また、労働者階級の教育をどうするか、のような問題も取り上げられてました。「クランフォード」では、古い世代の貴族の奥方は、「労働者は文盲でいい、フランス革命など起こっては困る」の様な発言をするのに、進歩的人間は、「何者も教育によって、より良い生活をするようになれる。」と反論し。

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ギャスケルは、キリスト教ユニタリアン派であり、ユニタリアン派の牧師、ウィリアム・ギャスケルと結婚。ほのぼの、幸せカップルで、ご主人は常時、彼女を励まし、精神的支えとなり。なんでも、彼女はケーキが大好きで、特に後年は、ころんと丸い感じの人だったといいます。反するご主人は、ひょろーんとやせて、大変背が高い人で、見た目は非常に対照的カップルだったようですが。

ギャスケル夫婦が属した、ユニタリアン派というのは、社会を向上させるための、実際の行動を重んじる宗派であったようで、ユニタリアン派著名人はその他にも、ディケンズ、フローレンス・ナイチンゲール、陶器でお馴染みのウェッジウッド家などなど。結婚後即、マンチェスターで牧師として活躍する夫と共に移り住み、彼女の最初の小説、「メアリー・バートン」もマンチェスターでの貧しい労働階級の生活ぶりを描写し、これは、少々、悪役のようになってしまったマンチェスターの工場主達から、かなりの批判を受けたということです。「ノース・アンド・サウス」では、工場主側労働者側の双方の事情も書き、また、工場主のソーントンを主人公の一人としたことで、雇用側への理解と和解を組み入れた内容となっています。

別の小説「ルース」では、15歳のルースが家柄の良い男にたぶらかされて、子供が出来てしまい、シングルマザーとして苦難の生活を歩む話で、こちらも、当時は、ショッキングな内容として、批判をする人もいたようです。タブーを書いた斬新的な小説だったわけですね。私は、こちらは、ラジオドラマで聞きました。

ヴィクトリア朝の事ですから、家庭の事は、しっかり女性の管轄。エリザベス・ギャスケルも、家庭のきりもりや、子育てなどの傍ら、こつこつと、執筆とそれに関わるリサーチを進める多忙な、スーパー・ママだった事でしょう。エネルギッシュで明るい女性であったと言います。死産と、幼くして死んでしまった2人の子供のほかに、4人の女の子を持ち。友人であったシャーロット・ブロンテとは、お互いにハワースとマンチェスターを訪ねあったりしたようです。シャーロットが先になくなってしまった際には、シャーロットの父から彼女の伝記の出筆を依頼されて、この伝記が、なかなか小説のようで面白いというので、これもいつか読みたいところです。

ハンプシャー州に、のんびりと羽を伸ばせる田舎家を購入直後に、突然心臓麻痺で55歳にして死亡。ケーキ大好きがたたったか。

 善悪が、まるで漫画の様にはっきり分かれているディケンズ作品などより私は彼女の作品の方が好きかもしれません。

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