エターナル・サンシャイン

恋愛などで傷心したとき、相手の記憶を脳から全て取り除いてしまえば、幸せになれるでしょうか?そんな手当てをしてくれる医者がいたら、使いますか?フランス人ミッシェル・ゴンドリー監督のこの作品は、そんな事がテーマです。

少々、内向的なジョエル(ジム・キャリー)と開けっぴろげなお姉ちゃんクレメンタイン(ケイト・ウィンスレット)は恋人同士。すれ違いが始まり、2人の関係が悪化したとき、クレメンタインは、好ましくない記憶の除去手術を行うラクーナ社(lacuna:空白の意)に依頼し、ジョエルの事を完全に自分の記憶から削除してしまう。それがわかると、ジョエルも、自分も同じ手術に臨みます。ところが、その過程で、2人で作った数々の、他愛なくもやさしい思い出を捨てがたくなり、脳から消されていく記憶の中を、クレメンタインを連れて、何とか、逃れようと駆け回る。

ジム・キャリーは、血管ぶっちぎれそうな、めちゃくちゃコメディーでの役柄より、こういう普通の役をしている方が、なんか、ちょっいと可愛らしくていいです。「トゥルーマン・ショー」の彼も良かったですが。

さて、この映画の原題の「Eternal Sunshine of the spotless mind」(翳り無き心の永遠の陽光)は、18世紀イギリスの詩人、アレキサンダー・ポープの「Eloisa to Abelard」(エロイーズからアベラールへ)からの引用。この詩は、修道院に入ったエロイーズが、ずっと年上の自分の師であった過去の恋人、アベラールとの恋愛の思い出を嘆くもので、そうした記憶が無いと、どれほど楽か、のような感傷が含まれます。かなり長い詩ですが、映画内で、その一部が暗証される場面があります

How happy is the blameless vestal's lot!
The world forgetting, by the world forgot.
Eternal sunshine of the spotless mind!
Each pray'r accepted, and each wish resign'd

清きウェスタの巫女の、なんと幸せである事か!
忘却された世界により、世界は記憶を失くし。
翳りなき心の永遠の陽光!
全ての祈りは受け入れられ、全ての願いは放棄され。

記憶除去の技術を開発し、促進するラクーナ社の長は、ハワード・ミュージワック博士。当社の受付として働くメアリーは、妻のいる彼に恋し、恋愛関係に。妻に浮気がばれた段階で、博士は、メアリーに記憶除去の手術を受けさせる。ところが、博士との過去をすっかり忘れたメアリーは、再び、彼に尊敬と恋心を抱くようになってしまう。そして、彼女、ポープの詩を博士にむかって暗誦した後、彼に、思わず、チュッとキスしてしまうのです。この2人も、かなり年の離れた先生と生徒の関係に近いものがありますから。

メアリーは、自分が記憶除去を受けた事に気づくと、職を辞め、過去のクライアントへ、彼らが受けた手術の詳細を郵便で送る。お互いの記憶が無くなったジョエルとクレメンタインも、これにより、過去を知らされ、びっくり。

最後のシーンは、脚色も、主人公2人の演技も最高でした。

Joel: I can't see anything I don't like about you.
Clementine: But you will, you will think of things and I'll get bored with you and feel trapped because that's what happens with me.
Joel: Okay.
Clementine: Okay? Okay...

ジョエル:君の事で嫌いな事なんて見つけられないと思うよ。
クレメンタイン:でも、そのうち、見つけるわよ。何か気に障ってくるわよ。私は私で、あなたを退屈な奴だと思うようになって、閉じ込められた気分になって。だって、それが実際に起こった事なんだから。
ジョエル:いいよ、それでも。
クレメンタイン: いいよって?・・・いいよ・・・だって。

と泣き笑いを始める2人。

世の中、パーフェクト・マッチはありません。嫌だと思うことがあっても、相手と一緒にいる楽しさと、一緒にいるうざったさをはかりにかけて、楽しさが重ければ、後はOKと流せばいい。それに、人間の記憶は、何もせずとも、自己防衛メカニズムとして、自然と、嫌な思い出を脳みその片隅に押し込め、すばらしい思い出が、はばを利かせる様にできているような気もします。

原題:Eternal Sunshine of the spotless mind
監督:Michel Gondry
製作:2004年
言語:英語


*アベラールとエロイーズについて

12世紀フランスの神学者、ピエール・アベラール(Pierre Abelard)は、学者として、そして、後のソルボンヌ大学の母体となるものを創った人物としての名声の他にも、エロイーズとの恋愛で知られています。

フュルベール家の美しくも聡明なエロイーズの家庭教師となったアベラール。彼は38歳、彼女は17歳。この2人は熱烈な恋に落ち、子供までできてしまい、密婚したものの、エロイーズの叔父は激怒。この叔父は、アベラールを、夜中に襲撃させ、去勢させてしまうという行為に出ます。これは、痛かったでしょうねー。

去勢されたアベラールは、邪念が消え、すっきりしたのか(?)、後、頭脳は更にさえわたり。異端と糾弾される事がありながらも、当時としては斬新な論争を展開した人のようで、学者として歴史に名を残す事となります。一方、修道院入りしたエロイーズは、後に修道院長となります。恋愛が終わった後も、2人の間で、手紙のやり取りがありますが、エロイーズは、最後まで、神への愛よりも、アベラールへの愛の方が強かったと言われています。

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