ウェリントン公爵の長靴

今のところ、暖冬のイギリスですが、雨模様の日が多く続いています。先日、大洪水騒ぎとなった、湖水地方のあるカンブリア州一帯にくらべれば、うちの周辺はましな方ですが、庭の芝生も、乾く間が無く、なにやらドロドロし、横切るたびに、足の下でぐちゃぐちゃと音をたてています。

そこで、ちょっとぬかるみに入る可能性がある外出は、ここのところ、いつもゴム長靴を履いて出ます・・・いや、考えてみれば、最近、ゴム長靴以外の靴を履くことが少なくなっている感じです。9月末から10月頭にかけて、サマセットとドーセット州の旅行に出たときも、ウォーキングシューズを車のトランクに入れながら、基本的には、ずっと長靴で歩き回ったのでした。ずっと、好天気だったのにかかわらず・・・。ウォーキングのしすぎで、足の親指に黒あざができていて、つまさきに余裕のある長靴が一番らくだったのもありますが、海岸線を歩くときなども非常に便利でした。大体は、ジーンズの下に履いているので、見えるのは足先だけ。足元をじろじろ見られない限り、ゴム長を履いていると気づかれない場合の方が多いと思いますし。そんなこんなで、長靴が、自分のトレードマークとなりつつある感じで、まるでウェリントン公爵(Duke of Wellington)のよう。

長靴は、イギリスの口語英語で、ウェリー(Wellie、Welly)と呼ばれることが多いです。足は2本なので、靴(shoes)と同じで、ペアの長靴を指す場合は「ウェリーズ Wellies」と複数形となりますが。これは、「ウェリントン Wellington」(複数は当然Wellingtons)または、「ウェリントン・ブーツ Wellington Boots」を短縮したもので、由来は、ナポレオンをワーテルローの戦いで破り、後には、イギリスの首相ともなった、初代ウェリントン公爵、アーサー・ウェルズリー(Arthur Wellesley)が愛用していたブーツに遡ります。折りしも今年は、ワーテルローの戦いの200周年記念でした。

18世紀に軍で着用されていたブーツは、主に子牛の皮で作られたヘッセン・ブーツ(Hessian Boots)と称されるもので、大体において、前にv字の切れ目が入り、装飾の房がさがっていたということ。ウェリントン公爵もこのブーツを愛用していて、軍の将校のみならず、一般紳士の間でもファッショナブルなアイタムとして着用されていたようです。

やがて、ウェリントン公爵は、セント・ジェームズ・ストリートに店を構え、当時のロンドンで最もファッショナブルな靴屋とされた、ジョージ・ホビー(George Hoby)に、このブーツの形を改良して、乗馬にも使える丈夫さでありながら、夜の集いなどにも出られるような履き心地の良いものを作ってくれ、と依頼。また、1800年代になると、軍の将校たちの間では、以前の、ブリーチと称されるひざ下までの長さの半ズボンの着用に変わって、薄めの生地の長ズボンの着用が一般化されていき、ウェリントン公爵は、そのファッションの先端を走って、さかんに長ズボンを着用したため、ヘッセン・ブーツよりも、この新しいズボンと合わせて着用しやすいものを、という頭もあったとか。長ズボンの内側に入れて履けるようにするには、たしかに、普通のヘッセン・ブーツの房は邪魔ですし、ぴったりフィット的で、ヘッセン・ブーツより、やや短めにしたブーツが好ましかったわけで。こうして出来上がった、ブーツは、公爵の名を取り、ウェリントン・ブーツと呼ばれ、19世紀後半に、もっと短いアンクル・ブーツが主流となるまで、お洒落な巷の男性達にも取り上げられ着用されるようになります。ジョージ・ホビーは、「ウェリントン公が、私以外の靴屋を使っていたら、多くの偉大な戦場での成功も成し遂げられなかっただろう。ウェリントン公が難を逃れてきたのは、私のブーツと祈りのなせる業だ。」などと豪語したとか。

ウェリントン公が実際履いていたブーツは、彼が好んで夏季に滞在し、また彼が息を引き取った場所でもある、ケント州海岸線のウォルマー城内に展示されています。

ウェリントンの棺を乗せたキャレッジ
ウェリントンの葬式は、ロンドンのセント・ポール大聖堂で、大々的に行われましたが、大聖堂へ着くまでの、長い葬式の行列を見るのに、大勢の人数が押しかけます。この際、なんと重さが18トンもあったという、ウェリントン公の棺を、上にちょこんとのせた、仰々しいキャレッジは、醜いと、不人気であったそうです。

ウェリントン公の葬式行列での、彼の馬とブーツ
それよりも、行列の中、ウェリントンのブーツを後ろ向きに下げた、彼の乗っていた馬が歩く様子の方が、人々の心を動かし、履き手を無くし、馬の腹部にぶら下がった、この後ろ向きウェリントン・ブーツが前を通ると、見物人の中からすすり泣きの声が聞かれたと言います。

防水性のゴム長靴が初めて作られたのは、1856年。ウェリントン公爵の死は1852年ですが、ウェリントン・ブーツの名はそのままゴム製品にも受け継がれ、生き続ける事となります。第一次世界大戦の戦線では、ゴムのウェリントンは、兵士達に配給され大活躍。トレンチ(掘り起こした溝)の中で何日も時を過ごさなければならならなかった西部戦線などでは、トレンチ・フットと称され、兵士達の塗れた足が腐ってしまう、という事態もあり、ゴムのウェリーズは、これを最小限にとどめるのに役立ったのでしょう。戦後、兵士達は、このゴムのウェリーズを故郷に持ち帰り、お役立ちアイタムとして、一般への使用が広がっていったということです。

参考:イングリッシュ・ヘリテージのサイト

ウェリーを使ったイディオムとして、「give it welly / wellie」というのがあります。車などを運転しているとき、アクセルに足を踏み込んで、スピードを出す事や、やっている事に、ちょっと踏ん張りを利かせてがんばること、の意味で使われます。長靴を履いている足で、ぐんと地面を蹴る感じで。

私の長靴は、もうかなり前に、今はつぶれてしまった、家の近くのディスカウントショップで3ポンドくらいで買った安物ですが、丈夫で長持ち。手入れも、どろどろになったら、水でチャプチャプするだけですし。この長靴の事は、すでに、2010年の雪の日に、当ブログで書いた記事の話題にもしたのですが、色は灰色で、色気もファッション性も皆無。魚屋か、朝市のおばさん風ですが、とにかく便利。お世話になっている、愛着の代物なので、ここで、正式記念写真を取って載せておきます。穴が開くか、底が取れるまで、使うつもりでいます。

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