大人の塗り絵ブーム

以前、日本の母親から、「ボケ対策として、塗り絵がいい。」という話を聞いていました。なんでも、線からはみ出ないように、と気を使いながら色を塗るのが脳に良いそうで、記憶がいささか朦朧とし、危なくなりかけている友人達に勧めているのだとか言って。イギリスでも、ボケもともかく、ストレスにまみれた生活の間の癒し対策として、大人でも、塗り絵をする人が増えている気配です。

私も、先日、とある店で、キュー・ガーデン出版による、本格的な植物画の塗り絵が、値引きされて売っているのを見て、購入しました。初刊が1787年という、世界で最も長い間発行されている植物画雑誌「カーティス・ボタニカル・マガジン」(Curtis's Botanical Magazine)から取られた44枚の時代物の植物画です。画家は、当雑誌のイラストを19世紀中ごろに手がけた、ウォルター・フッド・フィッチ(Walter Hood Fitch)。

左側に、すでに色が着いた同じ絵が挿入されているので、それを見ながら、本物の花そっくりに彩色することが可能。最初から最後まで、色付けをしたら、緑の色鉛筆だけ磨り減ってしまいそうな感はありますが、そんなこんなで、かなり格調高い塗り絵なので、終わった後も、手元に残しておきたい代物です。

この高級感覚あふれる塗り絵を買った後、大型スーパーの雑誌売り場の片隅に、大人用の塗り絵コーナーがあるのも発見。塗り絵専門の雑誌なども出版されているのに気づき、「ひょえ!」と思った次第。ぺらぺらと、何冊かめくってみると、子供用の塗り絵と違い、入り組んだパターンのものが多く、まるで壁紙の模様か、ペルシャ絨毯のようなものもあります。1ページ仕上げるのに、わりと時間がかかりそうなものばかり。複雑なパターンであればあるほど、他の事を考えず、専念できる、というのがあるのかもしれません。表紙には、「心癒すための」とか、「禅風」とかの形容詞がついているものがあり、やはり、アート・セラピー的要素が売り物となっているのでしょう。

前回の記事で、欝気味の人のプロザックの乱用が問題になっている話しを書きましたが、プロザックに手を出す前に、こういう大人のための塗り絵をして、一日のうちの数十分でも、ページをカラフルに彩りながら、頭の中は、雑念を追い払い、真っ白にしてみるのもいいのかもしれません。

「カーティス・ボタニカル・マガジン」(Curtis's Botanical Magazine)

ついでに、「カーティス・ボタニカル・マガジン」について書いておきます。この情報は、主に、私の購入した塗り絵の前書きから。

イギリスの植物学者、薬剤師であったウィリアム・カーティス(William Curtis1746-99)は、1787年に、「ボタニカル・マガジン」という名でこの雑誌の発行を始めます。世界各国で、植物収集家たちにより、様々な植物が発見され、イギリスに入ってくる中、こうした新しい植物の中でも、観賞用の、花が咲く植物を主に、各刊3枚の、手で彩色された植物の銅版画と、それぞれの植物の学名および、説明を記入。科学者のみならず、新しい植物に興味のある富裕な紳士淑女へもアピールするよう作成されたようです。この植物版画は、なんと1948年まで、手で彩色し続けられていたということ。

ウィリアム・カーティスの死後、雑誌は「カーティス・ボタニカル・マガジン」と改名されて発行され続け、グラスゴー大学の植物学者で植物画家でもあったウィリアム・ジャクソン・フッカーがキュー・ガーデンの園長となった1841年、当雑誌は、初めてキュー・ガーデンにより発行されます。1865年に、彼の息子の、ジョーゼフ・ダルトン・フッカーがキュー・ガーデンの長の座を引き継いでから、現在に至るまで、ずっとキュー・ガーデンのスタッフにより発行され続けているそうです。

1841年から1877年まで、「カーティス・ボタニカル・マガジン」の主なイラストレーターとして活躍し、当雑誌のために、2700の植物画を仕上げたのが、ウォルター・フッド・フィッチ(Walter Hood Fitch 1817-92)。グラスゴーの出身で、若くしてその画才が認められていたフィッチは、ウィリアム・ジャクソン・フッカーが、キュー・ガーデンの園長となった際に、彼に招かれ、ロンドンへ移り住み、イラストを開始。ウィリアム・フッカーの死後、新しい園長となった息子のジョーゼフとの間でいざこざが起こり、当雑誌のイラストレーターの座を辞任することとなりますが、その後も、すぐれた植物画家としてひっぱりだこであったそうです。

ウィリアム・カーティスの時代の、この雑誌の初期のものが、イラスト入りで、こちらで見れます。

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この植物画塗り絵を自分で買った直後に、今度は友人から、こんな塗り絵もクリスマスプレゼントにもらいました。イギリスの大手出版社ペンギン書房(Penguin Books)により過去出版された本100冊の表紙を使った塗り絵。

中はこんな感じ。こうした比較的塗りやすそうなものから、


ちょっと、どういう色をつけたらいいのか悩みそうな、抽象的なものまであります。それにしても、ブームとなると、手を変え品を変え、趣向をこらした、色々な商品が登場するものです。私個人としては、もともと絵を描くのが好きなので、自分で描いた線画に色付けをするのが一番楽しいです。

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