或る夜の出来事

ロマンチック・コメディーの類に入るのでしょうが、「元祖」と付けたくなるほど良くできた、とても、とても好きな映画です。雨後のタケノコの様に、最近も、毎年の様に、それは沢山作られているラブ・コメディーの数々も、これをお手本にもっとグッとくるものを作って欲しい。

気の利いた会話がちりばめられた脚本、途中おセンチなポップ・ソングなどは一切挿入される事なく、魅力満開の主役の二人が、最初はぶつかり合いながら、段々お互いに気に入っていく様子を最後まで楽しく見れるのです。

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自分の意思で、何かをさせてもらった事が無い富豪の娘エリー(クローデット・コルベール)は、父が大反対する恋人と結婚してしまう。実際に、2人が初夜を迎える前に娘を連れて返って監禁した父は、何とか娘を説き伏せて、結婚を無効にしようとするのですが、エリーは、父の元を逃れ、父が送った追っ手を撒いて、ニューヨークにいる名目上の夫と合流するべく、一人夜行バスに乗り込む。そこで、隣の席に座るのが、新聞記者のピーター(クラーク・ゲーブル)。結婚を反対され行方不明となった富豪の娘として、新聞一面記事になった彼女の素性に気づいたピーターは、父の追っ手に捕まらないよう、彼女がニューヨークへ辿り着く手助けをする引き換えに、スクープ記事が書けるよう、彼女と夫との情報を、自分に独占的に与えてくれる約束を取りつける。

彼女を探しだせば、父親から高額の謝礼をもらえると新聞に載ってしまったため、人目を避ける必要性から、バスでの旅行を続けられなくなった2人。モーテルで部屋を共用し、ヒッチハイクをし、野宿をし、何とか見つからずにニューヨークへ辿り着こうとする。そうこうするうち、ピーターが好きになってしまうエリー。(そりゃ、クラーク・ゲーブルですから!)「甘やかして育てられたわがまま娘」とエリーをけなし、「悪がき」(brat)と呼びながらも、彼女が愛しくなっていくピーター。エリーが見つかった後、父親は、折れて、娘の結婚を認め、正式な結婚式を催す事となりますが、結婚式の日、エリーは「イエス」を言う直前に、ピーターと一緒になるべく花嫁姿で式場からスタコラ逃げ出す。

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この映画の一番有名な場面はおそらく、ヒッチハイクのシーン。ピーターが親指を立てて車を止めようとするものの、何台も何台も行過ぎてしまう。エリーが「私がやる」と道へ出て、近づいてくる車に向け、スカートの裾を釣り上げ、脚を見せると、車はきゅーっと急ブレーキをかけて見事止まる。車内で、彼女いわく、

I proved once and for all that the limb is mightier than the thumb.
これで、私、脚は親指より強しって、証明したでしょ。

モーテルでの朝食中、ドーナツをコーヒーに浸しながら食べるシーンも好きです。エリーが、ドーナツを丸ごと、ぐちゃっとコーヒーカップに突っ込み、だぶだぶに浸して食べるのを見かねたピーターが、

Say, where'd you learn to dunk? In finishing school?
「どこでそんな風にしてドーナツをダンク(浸す)する方法を習ったんだ?花嫁学校か?」

彼によると、

Dunking's an art.
「ダンキングは技がいる。」

という事で、ちぎったものを、さっとすばやくコーヒーに浸し、ぱくっと食べるのが良い方法で、ぐじゃぐじゃと長い間浸していては駄目なのだそうです。

わがままエリーが、ピーターに怒られ、けなされながら、素直で愛らしい内面を徐々に出していく。ピーターがその辺から掘ってきた生のニンジンを、最初は「そんなもの食わん」とがんばっていたのに、ついにお腹が空いて、ぽりぽりかじり始める姿。野宿の場で、「あなたがいなくても一人でなんとかなるわ。」と虚栄をはりながら、ピーターの気配がなくなってしまうと、怖くなって、戻ってきた彼に抱きついてしまう。また、「私あなたが好きだから、一緒に連れて行って。」と自分から告白してしまい、ピーターに「自分のベッドに戻れ」と怒られ、「ごめんなさい」と、ベッドに戻って、くすんくすん泣き出す。そんな彼女の様子が、とても可愛いのです。

2人で、モーテルの部屋を共用する夜は、ピーターは、2つのベッドの間に、布を張って仕切りを作り、それを「ジェリコの壁」(The Wall of Jerico)と呼びます。「ジェリコの壁」とは、旧約聖書のヨシュア記に出てくる話。エジプト脱出を果たしたモーセ亡き後、後継者のヨシュアが、イスラエルの民を率いて、約束の地カナンへ戻るのですが、最初に攻略するのが、壁で囲まれたジェリコ(エリコ)の町。神の指示に従い、7日間、1日に1回、皆で沈黙の中、ジェリコの壁の周りを回り、7人の神官が7つのトランペットを鳴らす。そして、7日目には、7回壁の周りを回り、神官達が、トランペットを鳴らし終わった後、ヨシュアいわく、「民よ叫べ、神が、我々にこの町を与えたもうた」。イスラエルの民が、叫び声をあげると、ジェリコの壁はどーんと崩れて、町は彼らのものとなるのです。

映画のラストでは、このジェリコの壁の話にのっとって、トランペットが鳴り響いた後、2人が泊まっているモーテルの部屋の中央に張ってあった布が、ばっさんと落とされて終わり。ジェリコの壁が壊されて、二人は結ばれます、というわけ・・・粋ですねー。

かなり古い映画ですから、ベッドシーンはご法度。主役2人のキスシーンさえないのです、この映画。その分、想像力と工夫をめぐらして作ってある感じです。ラブシーンも「見せりゃあ良い」の様なものが多い昨今、「後は、ご想像にお任せします」とするこういう映画の方が、新鮮で、魅力的に思えるのです。見終わった後、ああ、このカップル一緒になれて良かったな、なんて、ただの作り話なのに、しみじみ思えるのでした。

原題:It happened one night
監督:Frank Capra
言語:英語
1934年

コメント

  1. こんにちは
    伝説のラブコメ元祖、或る夜の出来事 私もテレビで見ました。本当にお決まり通りの展開なのですが、台詞が面白いんですね。英語で理解出来ると嬉しいのですが字幕に頼ってしまいます。ダンクの事ですが、イギリス人の英会話の先生はドーナツだけでなく、ビスケットやクラッカーも浸して食べる方がうまいんだと言っていました。大人もそうする。と聴いて驚きました。こんど、せんべいも浸してみようかしら?

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  2. ドーナッツ、ビスケットをダンクする人は、周囲にはいませんが、ぐじゃっとなるまで浸すのは、ピーターの言うとおり、私には不味そうに思えます。せんべいも歯ごたえを確かめて食べたほうが、美味いでしょう、やっぱり。

    筋を良くわかっている映画を字幕無しで見るのは、聞き取りの練習に良いと思います。

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