第三の男

去年の年末、テレビで第三の男がかかり、実に久しぶりに見ました。前回見たのは、たしかまだ、高校くらいの頃で、父親が名作だ、などと言うものだから、東京は飯田橋にあった名画座の「佳作座」なる映画館にわざわざ見に行ったのでした。非常に混んでおり、はっきり言って、時代背景なども把握していなかったので、筋が良くつかめず、観覧車、下水道、並木道シーン、そして、あのメロディーのおぼろげな記憶だけ。

台本を書いたのは、英作家グレアム・グリーン。今回、久しぶりに見て、なるほど、良く出来た映画だね、と改めて思いました。

舞台は、第2次大戦後のウィーン・・・都市は、英米仏露が其々管轄する4区に分けられていた。
米の三文小説家、ホリー・マーチンスは、古い友人のハリー・ライム(オーソン・ウェルズ)から、仕事がある、と誘われ、そんなウィーンに辿り着く。ところが、着いてみれば、ライムは、交通事故で轢かれて死んだという。警察から、ライムが、悪事を働いていたと聞かされ、よせばいいのに、マーティンスは、ライムの死の真相を調べ始める。また、ライムの愛人だった美人のアナと知り合い、惚れてしまう。チェコ人の彼女は、共産圏に住む羽目にならないよう、偽造パスポートで国籍を偽っていた。

冒頭に書いたいくつかの有名シーンの他、この映画の印象の名場面は、死んだはずだったライムが、マーチンスの前に姿を見せる対面場面。夜のウィーンの街中、建物の戸口に隠れた一人の男。近くのアパートの明かりがぱっとついたとたんに照らし出されるのが、ライムの顔。照れたようににまっと笑うと、明かりはふっと消え、また彼は闇に消える。この時の表情は、チャーミングな悪党という奴です。

ライムが働いていた悪事というのは、病院より、当時貴重だったペニシリンを盗み出し、それを薄めて、闇市場で売る、というもの。マーティンスは、病院で、ライムの犯罪の結果苦しむ病人達を見せられ、アナをロシア側に引き渡さず、西側に逃がすという約束と引き換えに、ライムを捕らえるため警察に協力することに。

さて、観覧車の中。ライムが、マーティンスに、自分の悪事を正当化して言うには・・・観覧車の上から眺めれば、人間なんて点のようなもの。金儲けのため、その点のひとつやふたつが消えたからって、どうだっていうんだ、しかも収入税なしの金儲け・・・。そして、観覧車を降り、ライムが別れ際に言うのは、今でも時に引用される名セリフ。

Remember what the fella said: In Italy for 30 years under the Borgias they had warfare, terror, murder, and bloodshed, but they produced Michelangelo, Leonardo da Vinci, and the Renaissance. In Switzerland they had brotherly love - they had 500 years of democracy and peace, and what did that produce? The cuckoo clock. So long Holly.

これを、覚えておくんだな。イタリアでは、30年間、ボルジア家の下で、戦闘があり、恐怖があり、殺人があり、流血があったが、ミケランジェロ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、そしてルネサンスを生み出した。スイスでは、同朋愛があり、500年の民主主義と平和があった。それが、何を生み出したか?はと時計だよ。じゃあな、ホリー。

オリジナルの脚本には入っておらず、オーソン・ウェルズが加えたセリフだと言う話です。はと時計は、実際は、スイスではなく、18世紀前半、スイス国境に近い、ドイツ南西部のブラック・フォーレスト(Schwarzwald:黒い森)で初めて作られたと言う事ですが、まあ、イメージ的にスイスは、はと時計という事で、大目に見てやりましょう。ブラック・フォーレストのはと時計に関するサイトはこちら。はと時計も、わりと高価な代物ですが、あっても楽しいかなという気はします。

私は、住んでいる国にミケランジェロがいようといなかろうと、平和な社会に住みたい。はと時計を飾り、牛が首につけたベルの音を聞き、その上、チョコレートを食べながら、ロジャー・フェデラーがテニスをするのを応援するスイスに住むほうが、流血と混乱の国にいるよりずっと良いのです。

クライマックスは、下水道内の追跡と、最後、テーマ曲が流れる中、マーティンスが前方で待つ長い並木道を、アナが歩いてくるシーン。自分を助けようとしてではあるが、ライムを裏切ったマーティンスを許せず、そのまま無視して素通りしてしまう彼女。自分の事を考えてもくれないような悪党、ライムを愛する女心は、ゲンキンな私にはわかりませんが、粋なシーンではあります。

原題:The Third Man
監督:Carol Reed
製作:1949年
言語:英語

(ウィーンの写真3枚は、まだデジカメを持っていない頃取った写真をスキャンしたものです。見所沢山、またぜひ訪ねたい街です。「第三の男」ウォーキング・ツアーなどに参加しても面白いかもしれません。)

コメント

  1. こんばんは 第三の男 名作ですよね。ウィーンの四カ国統治とかペニシリンの横流しとか第二次大戦後の混乱と退廃を感じます。特に観覧車からたくさんの人間をもう、ひとり、ひとりの生命と感じられない男に空爆と同じ残虐を感じます。チターというのですか?民族楽器の音色も無機質で哀愁をおびた音色も魅力的でした。そして、特に印象に残ったのはイギリス軍人のダッフルコートです。あれはイギリスの独特のコートなのですか? あの俳優もよかったと思います。

    返信削除
  2. チター音楽も、ダッフルコートとベレーの組み合わせスタイルも、良かったですね。
    イギリス海軍で使われ出したコートのようで、防寒と、汚れてもいいや、とざくざく着るのが目的のコートなのでしょう。
    役者のトレヴァー・ハワードは、調べたら逢びき(これも古き良き、という感じの映画でした)にも出ていました。第3の男内では、ひげが付いていたから気がつかなかったですが。

    返信削除
  3. 何回か見たはずなのに私もシーンのみでストーリーを覚えていませんでした。今回見直して印象に残ったのはなぜか犬と猫が出てくる場面。こんどはストーリーを忘れない気がするのですが・・・

    返信削除
  4. 映画にしても本にしても、個人によって、妙に印象に残る物が違うのは、当たり前とはいえ、面白いものです。
    私も、ストーリーは、もう忘れないです。

    返信削除

コメントを投稿