木枯し


家から町の中心へと、小川に沿って歩けるようになっているリバーウォークの両側の木々は、まだ7割ほど葉を残しています。が、日に日に、 落葉加速度は、ついてきている感じです。特に数日前の強い風の日、近くの道路端の街路樹の葉がことごとく散った。今のところ、イギリスにしては比較的暖かい日が続いており、街路樹の葉を蹴散らした風も「木枯し」と形容したくなるような寒さは持っていませんでした。

ふと、「木枯し」に相当する英語はなんだろうと考えると、ないんですね、これが。だからwindという言葉にいくつか別の言葉をくっつけて形容し、長たらしいものとなる。こがらしなんて、「風」という言葉すら含んでいない。こがらしを、漢字で時に「凩」と書くというのも、いまさら、すごい表現だと感心しました。

天候や自然現象を表す言葉は、イギリスより日本の方が豊富だと感じます。さすが短歌や俳句の国、季節感や情緒を短く表現する技巧がにじみ出る。天気を話題にするのが好きというイギリスも、この点では日本には勝てません。

風ひとつとっても、木枯らし、からっ風、あとは、関東地方では筑波おろしなんてのもありますね、地方によって山の名前をとったxxおろしはあるようですが。このおろしというのも漢字で書くと「颪」だそうで、「あ、なるほど」となります。もっとも山の名をつかっても、そっちの方角から吹いてきたというだけで、厳密には、その山から落ちてきた風というわけではないようですが、雰囲気は伝わります。あとパッと頭に浮かぶのは、もちろん、「もーすぐ、はーるですねえ」と歌いたくなる春一番。

手持ちのThesaurusという英語同義語辞典で、windの項を見てみました。いわゆる「風」の意味では、

air, air-current, blast, breath, breeze, current of air, draught, gust, zephyr

と、挙がっていました。

ほとんどが、自然現象、風の強弱を表す程度で、情緒が伝わるような言葉はないですね。この中で、詩的な趣を持つ言葉は最後の「zephyr」。ギリシャの神様からとった名で主にやわらかな西風を指すようですが、一般会話で使われることはまずないです。それこそ、詩くらいで。普通の会話で、「今日のzephyrは、心地よいなあ。」などと言ったりしたら、「なんだ、あいつ、インテリぶって、きざりこくりやがって。」てな印象をあたえそうです。ブリーズ(微風、breeze)などは、耳当たりのいい言葉ではあります。シーブリーズなんていう、しゅぱっとした感触のローションなどが売られていたせいもあってか、日本語に取り込まれている感もあります。

もっとも、秋を意味する米語の「fall」は、語源は、葉が落ちる季節ということから、落ちるを意味するフォールとなったようです。春を意味する季節が「spring」と呼ばれるのは、植物が「生じる・飛び出す(spring)」季節であるからで、ちゃんと対になっています。イギリス英語の「autumn」は、ラテン語が語源とされ、意味は今一つはっきりわかっていないようです。アメリカとイギリスで秋の呼称が違うのは、ちょうど、イギリスから北米へとの移住が始まったころに、フォールとオータムというふたつの言葉がイギリス国内で確立し始めていて、最初は両方使われていたのが、やがて米ではフォールが生き残り、英ではオータムが生き残った、などという説があるようです。

木枯し・・・と言えば出てくる、「木枯し紋次郎」の「こがらし」を英語でどう訳してるのかと、ウィキペディアの英語のページを見てみると、そのままローマ字でKogarashi Monjirouとしてあり、括弧してMonjirou of the Cold Wind (冷たい風の紋次郎)となっていました。冷たい風の紋次郎じゃあ、股旅の紋次郎のキャラクターのイメージが全く出ずに、北国で農家をやっている人あたりを想像しそうです。日本語のウィキペディアページによると、「木枯し」の部分は、紋次郎が竹の楊枝をくわえて吹き鳴らす音からつけた名前なのだそうです。たしかに、木枯しというと、冷たさ、冬が近づく寂しさ、そして音、ひいては風景まで浮かんでくる。cold windでは伝わらない要素がぎゅう詰めです。

木枯しの話題からは離れてしまいますが、紋次郎をやった中村敦夫さんには、思い出があります。私は学生時代、英語カセット教材(当時はCDすらありませんでした)がただで借りれるという利点から、某英語カセット教材会社の販売員として、八重洲ブックセンターと丸善でアルバイトをしていた時期がありました。ある日、丸善の語学コーナーカウンターに、ひとりのお客さんが来て、「米語じゃなくて、イギリス英語の教材あるかな?仕事で必要なんだけど。」と質問されました。かっこいいおじさんだな、と思いながら、「全部、アメリカ英語なんですよね・・・。」と言い言い、私は、大体の教材のサンプルをカウンターに広げたのですが、彼はパラパラとテキストをめくり、「うーん、米語はわかるから、特にイギリス英語のがいるんだけどね。」そして、「ないか・・・。ありがとう。」と去っていきました。その直後に、私の背後から見ていた丸善の女性が、いきなりかけてきて、「あなた!今の中村敦夫さんだったでしょ!」と叫んだので、私も、「あ、そうか!どうりで、かっこよかった。」と思った次第。三度笠をかぶってきてくれたら、すぐわかったのに。

さらに、話は脱線していきますが、当時は、英語の音を学ぶ教材探しにも、紋次郎さんでさえ、丸善まで足を運ばねばならなかった。ある意味、インターネットは学習材料の宝庫で、現在は、やる気があれば自宅でできることはかなり幅広くなってますね。こうしたカセット教材のほか、英語学習で私が非常にお世話になったのは、当時は東後勝明先生がやっていた、NHKラジオ英語会話。イギリスに来る前から、英語を得意と思えたのは、ひとえに、あの先生と番組のおかげと思っています。彼は確か、月に1回、それこそイギリスに留学した男の子を登場させた、イギリス英語のスキットをプログラムに組み込んでいたと記憶しています。彼の事も調べてみたら、2019年に他界されていました。

枯葉を踏んで買い物に向かいながら、もう一度、木枯し紋次郎が見たくなりました。

コメント

  1. ラジオ英会話の番組は今も人気です。私も30年は聴いていると思います。イギリス人の先生も加わっているので、イギリス英語も時々出てきますが、原則、アメリカ英語ですね。

    返信削除

コメントを投稿