マルタとマリアの家のキリスト

Kitchen Scene with Christ in the House of Martha and Mary

17世紀スペイン絵画の巨匠ディエゴ・ベラスケス(Diego Velazquez)が、なんと19歳の時に描いたという、ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵「マルタとマリアの家のキリスト」。彼が、マドリッドで宮廷画家となる以前の、故郷セビリア時代の絵です。この人やはり、上手いですね、ばさばさ描いているのに、とにかく上手い。さすが、「画家中の画家」と呼ばれる人物です。

これは、それまでは、絵画と言えば、宗教画がメインであった、17世紀スペインで、描かれるようになっていたボデゴン(厨房画)と呼ばれる類の絵。ボデゴン(bodegon)は、厨房、居酒屋などの意味だと言いますが、日常的な食べ物、食器などをアレンジした静物画、またその中での一般庶民の生活ぶりを描写したもので、どっしりとした土臭い感じがいいです。

もっとも、ベラスケスの「マルタとマリアの家のキリスト」は、パッと見ると、厨房で働く女性を描いたボデゴンでありながら、題名からわかるよう、題材は、新約聖書のルカによる福音書、11章からきています。

イエスがある村を訪れ、マルタ(英語でマーサ)という女性の家に招かれた、家には妹のマリア(英語でメアリー)もおり、マリアはイエスの足元に座り、熱心にイエスの言葉を聞く、一方、マルタは給仕をするのに忙しく、イエスのところへ来ると、「主よ、妹が、私一人に給仕を任せているのが気になりませんか?妹に、私を手伝うよう言って下さい。」と頼む。この後はルカの福音書からの引用で

11-41
And Jesus answered and said unto her, Martha, Marth, thou art careful and troubled about many things;
すると、イエスはそれに答え、「マーサよ、マーサよ、汝は、様々な事に心を使い、懸念している」

11-42
But one thing is needful: and Mary hath chosen that good part, which shall not be taken away from her.
「しかし、一つ欠けている事がある。そして、メアリーがその大切な欠けている事を選んだのだ。それをメアリーから取り上げるべきではない。」

この話はは、いつも、どう考えても理不尽だと感じ、マルタが気の毒だと思うのですがね。みんながみんな、必要な日常の雑事をしないで思考と宗教のみに過ごしたら、家庭はなりたたないし、社会も成り立たない・・・。

さて、ベラスケスの絵に戻ると、この新約聖書からのシーンは、絵の右手上、厨房の壁のハッチを通してスケッチ風に描かれています。椅子に座るイエス、その足元に座って聞き入るマリア、マリアの背後に立ち、抗議するマルタ。このシーンを囲む、四角い枠が、実際は、ハッチであるのか、それとも、鏡であるのか、または壁にかかる絵画であるのか、はっきりせず、後、ベラスケスの絵の中で最も有名なものとなる「女官たち(ラス・メニーナス)」と同じ、不思議感覚をかもし出しています。

前景に描かれる不服一杯な顔をした女性は、すり鉢でニンニクをつぶしていますが、テーブルに並ぶ、とうがらしや卵、容器に入ったオリーブ油から、これは、魚のソースにするためのピリ辛マヨネーズを作っているという事。彼女自身が、ひとりで労働を強いられているマルタなのではないかという解釈もあります。

マグダラのマリア、べタニアのマリア、そして罪深い女

この「マルタとマリアの家のキリスト」の話に登場するマリアは、べタニアのマリア(英語ではベサニーのメアリー、Mary of Bethany)と呼ばれる人物で、ヨハネによる福音書の中でも2回言及されています。

ひとつは、ヨハネによる福音書、11章で、イエスが、死んでしまったラザロ(英語発音はラザラス)をよみがえらせるくだりで、マリアとマルタはべタニアという村に住む、ラザロのきょうだいとされています。

もうひとつは、ヨハネによる福音書12章にて、イエスが再び、ラザロ、マルタ、マリアの住むべタニアの家を訪れた時、ラザロはイエスと共に食卓に着き、マルタは給仕、マリアは、高価な香油を作り、イエスの足に塗り、それを自分の髪の毛で拭いた・・・というくだり。

マリアという名前が一緒で、しかも、香油をイエスに塗ったという事から、このべタニアのマリアは、イエスの十字架上での死を見つめ、復活後のイエスに会った最初の人間のひとりとされる、マグダラのマリアと同一人物である、という説がよくあります。(マグダラのマリアについては、過去の記事「ノリ・メ・タンゲレ」「ジーザス・クライスト・スーパースター」を参照ください。)

また、マリアと言う名ではよばれていないものの、マタイによる福音書26章、マルコによる福音書14章にも、べタニアにて、ある女性が、イエスの頭に高価な香油をふりかけた、という、似たような話があります。

更にややこしい事には、ルカによる福音書7章には、「罪深い女」という人物が登場し、暗い過去のある女性が、食卓に座るイエスの足の上に涙をこぼし、それを長い髪でふき取り、香油を注ぎ、イエスの足に口づけする、という描写があり、これも、実は、マグダラのマリアである、と見る人もいる。よって、マグダラのマリアは、かつては売春婦であった、罪のある女であった、という話が後世広がっていくのです。

いずれにせよ、上記いずれの逸話も、よく西洋絵画の題材に取り上げられているものです。

尚、ベラスケスの「マルタとマリアの家のキリスト」も、現在、上野の国立西洋美術館で開催を待つ、ロンドン・ナショナル・ギャラリー展の一枚です。

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