牡蠣の町、ウィスタブル

今から25年ほど前の、1994年発行された、古いイギリスのガイドブックを、まだ捨てずに、とってあります。これで、ケント州ウィスタブル(Whitstable)の項を読んでみと以下のように書かれていました。(少々略して、私が英語から日本語に訳したものです。)

「古典古代の時代から、この地独特のシルト(沈泥)と、適当な塩分濃度は、牡蠣の生息には非常に適した場所であり、ローマ人は、周辺で取れた、この海の珍味に舌鼓を打った。1950年代には、海岸沖5000エーカーに渡る牡蠣の生息地、そしてさらには、漁業と観光で、町は栄えていたが、その後、牡蠣生息地域の汚染、及び、観光客の志向の変化で、ウィスタブルは、もっと、つつましい存在に甘んじることとなった。今日では、小規模な造船と、少々ボヘミアンな雰囲気が、この町を、ケント州北岸に位置する町の中で、数少ない魅力的な場所の一つとしている。」

前回の記事、「イギリスでの牡蠣の歴史」で触れたよう、エセックス州、ケント州海岸線で多く取れた原産のヨーロッパヒラガキ(学名:Ostrea edulis)は、取りすぎ、汚染、天候などの理由で、60年代には、産業として成り立たなくなるほどの大打撃を受けています。更には、スペインなどでの海外でのホリデーが人気となるにつれ、かつては、観光目的地として栄えたイギリス国内の海岸リゾートの多くが退廃の一途を辿ります。

このガイドブックの通り、ケントの北岸の町は、廃れてガラが悪いという評判。ウィスタブルから、さらに海岸線を東へ行ったマーゲイトは、かつて画家ターナーが足しげく通った場所で、美術館建設などで、新たな町おこし努力をしているようでいながら、やはり、ガラの悪さが取りざたされる場所ですし。(この偏見があり、まだ、行った事がないので、断言はしませんが。)北海岸ではありませんが、ケント州ドーバーへ行った時も、ドーバー城ホワイト・クリフのウォーキングなどは楽しかったものの、町の中心地で、昼間からビール瓶を握って、酔っ払い、罵りあっている何人かの男性を目撃し、ちょっと怖い思いをしたため、ドーバーの町自体へはあまり良い印象を得なかったのは確かです。もっとも、海岸線の町だけにとどまらず、イギリス内、どんな大都市に行っても、酔っ払いや、「麻薬をやってるんじゃないか」の様な人間がはびこるところは、ここかしこにあるのですが。

ともあれ、このガイドブックの記述もあって、ウィスタブルは、長ーい間、気になっていた場所で、今月になり、やっと訪問してきた次第です。

しばらくの間廃れたままであったウィスタブルの牡蠣産業。沖合でのヨーロッパヒラガキ水揚げ再開、そして、海岸線すぐ近くでのマガキ(学名:Crassostrea gigas)の養殖が始まったのは、21世紀になってからなのだそうです。過去、莫大な数の牡蠣を、ロンドンのビリングスゲイト魚市場に荷揚げしていた時代に比べれば、まだまだ小規模ですが、現在のウィスタブルは再び、メトロポリスならぬ、オイステロポリス(カキの町、Oysteropolis 、Polisはギリシャ語で、「都市」の意味)の異名を買うに至っています。特に毎年行われる、ウィスタブル・オイスター・フェスティバル(Whitstable Oyster Festival)は有名。

牡蠣やその他シーフードを食べるため、気持ちの良い海岸の散歩を楽しむため、このガイドブックが書かれた当時よりは、多くの人々が、再び、この小さな町に足を運んでいる感じがします。雰囲気も上品。ボヘミアンかどうかは、わかりませんが。

ウィスタブルのハーバー
電車で行く場合は、ロンドン・セント・パンクラス駅から、約1時間15分。ケントへ行く時にはお馴染みの、日立が作った電車に乗ります。間違って、ドーバー周りの電車に乗ってしまうと、2時間以上かかるので、注意しましょう。駅から海岸線へ出るのは、徒歩10分ほど。ロンドンのヴィクトリア駅からも電車があり、こちらは1時間半ほどかかります。

着いたのが昼時であったため、最初にやった事は、当然、レストランに飛び込み、シーフードをを食べる事。値段が高くとも、牡蠣は注文しました!客がお腹をこわさぬよう、最低42時間は浄水されているそうです。

レストランで給仕してくれたお姉さんは、やはり、ローマ時代から、周辺で採れるオイスターで有名であった、エセックス州コルチェスター出身で、ロンドンで大学に行ったあと、今はウィスタブルに住んでいるのだそうです。牡蠣のいる場所にひかれてしまうタイプ?

海にぷかぷか黄色いボールが一列に浮かんでいるのが目に入りましたが、これに沿って、金属製のtrestle(トレッスル)と呼ばれる小さな橋げたのような構造が組まれていて、その上に網袋が設置されており、この中でマガキが養殖されているのだそうです。私たちのテーブルに出された牡蠣も、そこで育ったものだと、お姉さんが説明してくれました。

レストランの外の海岸ふちには、大量の牡蠣の殻が山積みになっており、殻は再びリサイクルで海底に戻され、カキの赤ちゃん(?)が付着するのに役立つのだそうです。

前回の記事に触れた通り、伝統的に、カキは「r」のつく月に食べるものであったそうで、生殖期間とされる5月から8月には食べないなどと言われていましたが、私たちが食べた養殖のマガキはrの無い月でも大丈夫なようです。ただし、ウィスタブル原産のヒラガキが買えるのは、「rがある月のみ」と書かれている看板を見ました。海岸線そばで養殖されているマガキとは別に、原産のものは、沖合まで船を出し、昔ながらの、海底面をさらう方法で収穫されているようです。もっとも、ロンドンで、伝統的な牡蠣のシーズンの始まりとされたのは、7月終わりか、8月の頭で、ウィスタブルのオイスター・フェスティバルが開催されるのもこの頃。要するに、原産のものは、夏の期間に収穫するのは、できるだけ避け、9月から本格シーズンが始まるという事でしょう。

ウィスタブル中心部の東に位置するタンカートン・ビーチ(Tankerton Beach)の海岸線を少し散歩しました。綺麗に塗られたビーチハットが並んでいます。

海際を歩いても良し、少し小高い丘の上に登って、更に遠くまでの景色を眺めながら歩いても良し。

帰り、駅に戻る途中、ウィスタブル城(Whitstable Castle)なるところを通過しました。純粋な意味での「城」と言うより、かつての富裕者のお屋敷であった場所。1階はティールームとなっているので、綺麗な庭園をながめながら、お茶を飲むことができます。なぜか、この庭で、先生に連れられた、スペイン語を話す子供たちの団体に出くわしました。電車が来るまで時間に余裕があったら、一服にいい場所です。余裕がなかった私たちは、このまま駅へ。再訪する事があったら、次回は、ここでのティータイムをちゃんと考慮していこうと思っています。

コメント

  1. ホント!ウィスタブルの事を書いていらしたんですね!書かれているキャッスルでお茶をしました。丁度ドラマDownton abbeyが日本で放映されている頃で、貴族というよりはメイド位にはなった気分で楽しみました。確かにここを住まいに決めたイギリス人の友人も、沿線の他の町はガラが悪いけれど、この町だけは良いのだと、言っていました。日立製列車も快適で、ロンドンへ通勤で通う方も多いようです。町の何処かに歴史博物館があるみたいですが、漁業で栄えたという他にも、女性参政権運動(サフラジェット)とも深く関係していると聞きました。私の語学力が追い付かないので、まだ訪れてはいませんが…。あとは数年前に、クラブジラという蟹の怪獣がウィスタブルの港で、写真に捉えられたと騒がれたことも。(おそらく)合成写真がゴシップ誌を賑わしていて、爆笑しました。イギリスの珠玉の町の一つですね。

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    1. 今回、ハイストリートは歩かなかったのですよ。で、残念ながら博物館も入らず、お城のティータイムと一緒に、次回の楽しみにしておきます。昔のガイドブックによると、レイルマニア・ミュージアムというのと、町の漁業の歴史を探索するミュージアム・アンド・ギャラリーという2つの博物館があることになってますが、前者は、もう無い(?)ようで、合体したのかもしれません。1830年にカンタベリーからここまで、最初の乗客用蒸気機関車を走らせる路線のひとつが開通したとかで、当時は、世界最長のトンネル(半マイル)の中を走っていたのだそうです。サフラジェットと怪獣クラブジラの件は知りませんでした。
      ウィスタブルから東へ6マイルのHerne Bayに関しては、ガイドブックは、「このmoribund(死にかけ)リゾートに、何か心を沸かせるものを探すには、特殊な性格が必要である」なんてひどいことを書いていました。ここも、多少は復興しているかもしれませんが。
      ダウントンアビー、秋に映画が出るらしいですが、あんなに長いシリーズを、わざわざ、映画にする必要があるのかは疑問です・・・。テレビは面白かったですけどね。

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