ウッドブリッジの潮力水車

ウッドブリッジのタイド・ミルについて

サフォーク州のウッドブリッジ(Woodbridge)はデベン川(River Deben)沿いにある趣の良い小さな町。この部分のデベン川は、河口に近いため、潮の満ち引きがある場所です。

川沿いの散歩も気分よく、また、小さな可愛らしい店が並ぶ街中の目抜き通りをひやかしに歩くのもいいですが、特記すべきなのは、ここにあるタイドミル(Tide Mill)。タイドミルというのは、潮力を利用した下射式水車の事で、ウッドブリッジのタイドミルは、イギリスで初めて使用された潮力水車のひとつであり、更に、現在も起動されている唯一のものだという話です。

1170年にはすでに、潮力水車小屋がここにあったという記録が残っており、その後、約350年、ヘンリー8世による修道院解散により王家によって没収されるまで、アウグスチノ派修道院により所有されていたという事。28年間、王家所有であったものを、エリザベス1世が、ウッドブリッジ出身の有力者トマス・セックフォード(Thomas Seckford)に売り、セックフォード家が後の100年間所有。幾人かの手に渡ったのち、1793年に、現在の水車小屋が、以前のものと同じ場所に建て直されることとなります。さすがに20世紀に入ると、水車も時代遅れとなっていき、1950年代には、すでに国内で動いている最後の潮力水車小屋となり、1957年についに閉鎖。1968年に保存が決まり修復され1973年に一般公開が始まります。近年、また一時的に閉めて修復作業をしていたと記憶します。

せっかく行くなら水車を動かしている時間、更には、週に1回行われている、実際に粉をひく日に行ってみようと、出かけました。満ち潮の時に、水車小屋の裏にある貯水池に水が溜まり、干潮時に、そこから水を放出して歯車をうごかす仕組み。かつて、この貯水池はもっと大きかったようですが、現在、その半分はヨットハーバーとなってしまって、以前より小さくなっています。

潮の満ち引きは、当然、日によって時間が違うので、前もって、引き潮の時間と水車を動かす時間を見ていく事は必至です。この日の水車起動は、夕方の4時。

ウッドブリッジ潮力水車用貯水池
3時45分くらいに館内へ入ると、内部の係りの人たちは、みな非常に親切で、色々、水車の仕組みを説明してくれました。そして、4時になると、水車小屋の裏、貯水池のわきにある、T字の鉄棒をクルクル回して貯水池からの門をあけ、水がどーっと出てくると、

水車の歯車が回り始めました。歯車を動かした後、水はそのまま、

干潮のデベン川へと流れ出ていきます。なるほど、潮が完全に引けている必要があるのは、これでわかります。川から水が逆流してきては困りますものね。こうして、外で歯車が動いている様子をしばし眺めてから、再び小屋内へ入りました。

これが水車のメカを説明した図。

回り始めた歯車が、柱のようなシャフトを回転させ、

シャフトの中央についている歯車に連結している4つの碾き臼によって、小麦がひかれる事となります。碾き臼は、樽の様に木組みとなっていますが、

内部には、巨大な2つのミルストーン(millstone 小麦をひくための石)が収まっており、Bed Stoneと呼ばれる下の石は固定されていて動かず、Runner Stoneと呼ばれる上の石だけが回る仕組み。この辺りは、立派な石が掘り出せるような地層ではないので、重さ1トンもあろうかというこれらのミルストーンはフランスから持ってきたもののようです。中心から落とされた小麦は、ひかれた後に、わきからこぼれ落ちるようになっています。2つの石の表面はお互いに触れないように微妙な隙間を取る必要があるのだそうです。

ミルストーンに関しては、たしか、去年の秋にサマセット州ダンスターを訪れたときに見た水車場でも説明してもらい、その時も、こんな重いものを、まず平たく加工し、その上、上手に粉がひけ、更にはそれが、外側に落ちていくように溝を掘る技術も、大変だろうと、感心したのを覚えています。

現在、動かされている碾き臼は、1台のみですが、こうしてひかれた小麦粉は、博物館内で販売されています。

ぎっこんばったん、ぎっこんばったんと大きな音が響く小屋内でひとしきり粉ひきを見学した後、水車を回した後に流れ出ていく水のふちで,食べ物を探して歩き回る白鷲(Egret)をかなり近くで目撃。白鷺は、10年くらい前までは、イギリスで見かけなかった気がするのですが、最近は、うちの近くの小川でも、こうして食べ物をつかまえるチャンスを待ちながら、身構えている姿を見かけます。この白鷺も、時々、ぴゅっと首を伸ばして水にくちばしを突っ込んでいましたから、何か美味しいものを、ちゃんと見つけていたのでしょう。

ウッドブリッジ駅はすぐそばですので、5時でタイドミル博物館が閉館したのちは、干潟となったデベン川の夕暮れの景色を楽しみながら、1時間に一本の電車の時間を待ちました。

ウッドブリッジ・タイド・ミル博物館のサイトは下まで。上に載せた水車のメカの仕組みの絵は、当サイトより拝借しています。
http://woodbridgetidemill.org.uk/

ウッドブリッジ周辺散策

さて、前述の通り、訪れた日のタイド・ミルの起動時間が4時であったため、それまでの間は周辺の散策に使いました。まずは、ウッドブリッジより一つ先の駅のメルトン(Melton)駅に降り立ち、そこから、ずっと川沿いを南へ歩きウッドブリッジへ向かいました。

対岸にあるのは、アングロサクソン時代の船とその中の秘宝が掘り起こされたことで知られるサットン・フー(Sutton Hoo)。

この時は、まだ満ち潮でしたから、青い水の上、ヨットや小舟がぷかぷか。途中のベンチでサンドイッチのお昼を食べた後、再び、川沿いにずっと歩き、タイド・ミルとウッドブリッジ駅を通過したあとで、内陸に入るフットパスを辿り、町の中心へ。

マーケット・ヒルなる、町を見下ろす小高い場所にある立派な建物は、Shire Hall。エリザベス朝に、水車を所有したトマス・セックフォードにより1575年に建設されたとされます。かつては、1階は小麦取引所で、2階は法律関係に使用されていたとのこと。その前にあるポンプはビクトリア朝のもの。

Shire Hallの反対側から見るとこんな感じです。周辺の建物もなかなかいい感じ。

このすぐそばにあるセント・メアリー教会は、この時はお葬式があったようで、中へは入れませんでした。

坂道を降りながら、こんな妙なものが突き出したパブも見かけ。ここから目抜き通りに出て、手作りのクラフトなどを売る小さな店を何軒か覗いてから、潮力水車見学へ向かいました。スローペースで気ままな散策をするにはぴったりの町です。

コメント