イギリス各地特有の建物

「Vernacular Architechture」 という言葉があります。直訳は、「その土地特有の建築物」。遠くから建築素材をわざわざ運ぶのが大変だった時代は、王様や大貴族のお城、または、大聖堂等の重要な建物でない限り、近辺で切り出せる石を使用していたわけです。ですから、イギリス各地の土地が、どんな地層であるかは、古くからその地に建っている、これれらの「Vernacular Architechture」を眺めれば、ある程度わかる、というのはあります。また、石のコテージがほとんど建っていない地域は、地層に、家を建てるのに使えるような石が無い・・・という事もわかるわけです。

その土地独特の建物 と言って、まず頭に浮かぶのは、日本人にも人気の観光地、コッツウォルズの村々に建つ蜂蜜色のコテージ。コッツウォルズ一帯の地層は、ジュラ紀に堆積された石灰岩の一種、Oolitic limestone(ウーリティック・ライムストーン、魚卵状石灰岩)と称されるもので、可愛らしいコテージ郡は、この魚卵状石灰岩で作られています。

魚卵状石灰岩は、海水内の炭酸カルシウムが、暖かく浅い海の底で堆積してできたもの。浅い海底で、あっちへこっちへ揺られてできた結果、ひとつひとつの粒子が、魚卵の粒々の様に丸いのが特徴。今は丘で有名なコッツウォルズは、ジュラ紀には、熱帯の暖かい浅い海だった、と想像するのは難しいですが。ちなみに、今、この魚卵状石灰岩が、現在進行形で堆積しているエリアは、バハマ諸島の海岸線だという話です。という事は、気が遠くなるほどの時間がたった後、バハマ諸島に、コッツウォルズのようなコテージが建つ可能性も!それまで、人類がまだ存在しているかはわかりませんが。

さて、石灰岩と言っても色々で、白亜紀に堆積したチョーク層なども、いわゆる石灰岩の一種です。やわらかいチョークは、石として切り出して、そのまま建築物に使用される事はありませんが。また、炭酸カルシウムの化学堆積によりできた魚卵状石灰石に対し、チョークは、過去の微生物(円石藻、Cocolithophores)の死骸が堆積したもの。上の図は、イギリスの石灰岩の分布の様子を表したものです(British Geological Surveyのサイトより)。中心を走る黄色の部分が、ジュラ紀の石灰岩層。東部緑の一帯が白亜紀のチョーク層。

 ローマ時代のお風呂で有名なバースも、ジュラ紀の石灰岩層が、下を走っていますが、バースの石灰岩は、特にバース・ストーンと呼ばれ、コッツウォルズ周辺のものより、不純物が少ないためか、色がもっと白っぽいのが特長。更には、イギリス南海岸線の真ん中あたり、ドーセット州海岸沖に位置するポートランド島もジュラ紀の地層ですが、ポートランドの石灰岩(ポートランド・ストーン)は、更に色が白く、コッツウォルズの石より、圧縮された強い石。上の図で、南部海岸線、小さく一部黄色になっている場所が見えるでしょうか。ポートランド・ストーンは、ロンドンのセント・ポール寺院、バッキンガム宮殿、イングランド銀行を初め、ロンドン、そしてイギリス各地、時には海外のの公共建築物に使用されているので有名な石ですので、その地独特の建築物を作るための石と言うより、重要な建物を建設のために、あちこちに輸送された貴重な石であったわけです。

と、石灰岩の話ばかりになりましたが、うちのだんなの故郷のヨークシャー州のハロゲイトという町は、Millstone Grit(ミルストーン・グリット)と称される、碾き臼などに使用された硬い砂岩、またその他の砂岩が切り出せる地層で、周辺の石の塀や、建物などは、このミルストーン・グリット等で作られたものが多いそうです。また、このため、いわゆる、硬水地域である石灰岩層のエリアと異なり、ハロゲイトは、水が軟水。そうそう、「Vernacular Architechture」の他にも、水が硬水か軟水かで、周辺の地層を多少知る事もできます。

地層に、建築に使えるような石の無い地域では、レンガが盛んに使われるようになる以前は、ハーフ・ティンバーなどの木造や漆喰の建物が多く見られ。

または、丸くつるっとした、こぶし状のフリント・ストーンを壁に埋め込むような建物がよく目に入ります。上の写真は、うちのすぐそばの教会の外壁です。ノリッチなどにも、こんなフリントストーンを多用した建物が沢山ありました。

こちらは、コッツウォルズのストウ・オン・ザ・ウォルドで見た建物ですが、地元のジュラ紀石灰岩を枠組みに使い、綺麗なパターンを作るため、フリントストーンで表面を覆ってありました。白い部分は、砕いていないフリント・ストーンを使用し、黒色のものは、砕いて、内部の濃い色を露出させたもの。これは、石が無いからというより、単に装飾的意味でフリントストーンを使用したのでしょう。

という事で、噴出したばかりの新緑の中、黄金のコテージを求めて、コッツウォルズの小旅行へ繰り出しました。

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