イギリスの郵便局にて
クリスマス期、あらゆる業界での、ストライキの嵐が吹き荒れる中、郵便を配達するロイヤル・メールも幾日かストを予定しているため、今年のクリスマスカード及びクリスマス用郵便は早めに出す必要性に駆られています。
さて、先日、日本行のクリスマスカードを出そうと郵便局へ足を延ばしました。上記の通り、ロイヤルメールとは別経営なので、この日はロイヤルメールのストライキでしたが、郵便局は開いていました。ただ、この日に出しても、ロイヤルメールは、おそらく郵便局や郵便ポストからの収集を行わないという事になります。
さほど長くはない列について、順番を待っていましたが、とにかく窓口がひとつしか空いておらず、しかも、窓口前に立っていた女性は、用が終わった後も、ぺちゃらくちゃらと、窓口の人と世間話を始めたのです。そのため、私の後ろの列はじょじょに長くなっていった。
こういう行為はわりとイギリスでは遭遇するので、今更驚きはしませんが、とにかく、よく、他人が待ってるのが気にならんもんだなあと、ある意味、そのずーずーしさに感心させられて、見ていました。が、私の後ろに立っていたじーちゃんは、堪忍袋の緒が切れてしまったようで、「用が終わったら、世間話はよしてくれ、列ができてるのがわからんのか!」と切りかかった。
すると、喋ってたおばはんは、くるりと向き直り、「私がこの人と話をするのも、大切な社交という用事なのよ!」と開き直った。これはつわものです。じーちゃん、「窓口が一つしか空いてないのがわからんのか!」つわものおばさんは、ふんと鼻を鳴らし、再び、窓口に向き直り、又話を続けること、約1分。この間、郵便局員は、「後にしましょう、お客様もいるし。」なんて事はひとつもいわず、悠々と相手をしている。これもすごい。イギリスにサービスなんてない、と初めてこの国に来た時、店員の態度の悪さに、思ったものです。この国出身より、東欧あたりの人のほうが応対が良かったりします。ある意味、イギリスのEU離脱が起こったのも、こういう同じ賃金でよく働く人が来るのを、一般労働者が阻みたかったなんてのもあるんじゃないかと思ったりして。もっとも、サービスは、私が来てすぐの時に比べ、少しは良くなった感はありますがね、いまだに、「売ってやってるんだ、感謝しろよ。」のような、どっちが客だかわからんように偉そうにしている人はいます。
さて、私の前に立っていたおっさんは、後ろのじ~ちゃんに向かって「もう少し、やんわり言った方が良かったよ。言い方ってもんもあるから。」じーちゃん、「それもそうだろうが、イライラするじゃないか!」つわものおばさんは、話を終えて、じーちゃんにするどい一瞥を与え、またフンと鼻を鳴らして去っていった。ごめんなさいの一言も出ない。やれやれ。まあ、郵便局の列に並んだだけで、ちょっとしたお茶の間テレビドラマみたいな光景が見られた。
この事を帰ってから、だんなに話すと、郵便局員も、一生懸命、接客して、効率よく働いたりしても、雇用者は、感謝するどころか、「ああ、こんなにできるんだから、もっとこきつかえる」とか「もっと人員減らせる」とかいう話になるから、一生懸命働き損みたいに、そうやって、やる気もなく、世間話も平気でするんだ、という説明をした・・・こうしたイギリスの雇用主と労働者の関係は、「ピーター・セラーズの労働組合宣言」という、以前、当ブログで紹介した映画にも描かれているので、ご参照ください。まじめな人が徹底的にバカを見るのが、イギリス社会であるならば、どうやって直せばいいのでしょう。
でも、それだけか?つわものおばはんにしたって、利己主義傾向に流れ、罪の意識のしずくも見せずに、他人の都合より、自分の楽しみを優先していたわけだし、郵便局員だって、多少は、待っている人たちに良くしてあげようとか、ちっとは思わないのでしょうか。「私は私」「私の意志をつらぬく権利を守る」の個人主義もいいが、社会のためにこれはいい事かと、考える一面が皆無の人が過半数を占めるようになり、考えの多様性が重視されすぎる中、根本的に人として社会として守るべきモラルもなくなると、国が落ちぶれて行っても仕方ないと思います。
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