かもさんおとおり

道路を渡り終わったカモ一家
だんなの運転で隣村を通りかかった時、対向車が、停車して何かを待っているのが目に入りました。何かしらんと、その車の前を見ると、たくさんのひなを連れたお母さんカモが、よたよたと道を横断していたのです。私たちも、このため停車すると、カモ一家は、うちの車の前も通過し、一直線に道路を渡り、無事向かい側に到着。向かいにあった大きな家の前庭へと消えていきました。ここからどこへ行くんでしょうね。この大邸宅の裏に大きな池でもあるのかもしれません。

写真を撮ろうと、バッグをごそごそしているうちに、一家は道を渡り切ってしまいました。

以前、ヨークに住んでいたことがありますが、ヨーク大学キャンパスは、カモを含めた水鳥の数が非常に多いことで有名ですし、町の中心を大きな川が流れていることも手伝い、道路を渡るカモには、かなりお目にかかった覚えがあります。それでも、子連れの道路横断は、それほど頻繁に出くわさないので、これを目撃した後は、ちょっと楽しい気分となりました。

もっとも、こんな大家族でも、これから、一匹一匹、キツネやら、肉食の大型の鳥のお食事として、消えていき、泳ぐのが早い、走るのが早い、隠れるのがうまい、そして運が良いコガモだけが生き残り、最後、2,3羽でも残ればよい方なのでしょう。とりあえずは、ここで、車に引き殺されずにはすんだ・・・と。

今では慣れましたが、イギリスに来たてのころには、時折見かける妙な道路標識に、にやっとさせられたものです。上の写真は、「お年寄りと、カモが歩いている事が多い通りなので、ひかないように気をつけましょう」という道路標識。年寄りとカモというコンピネーションが、また微笑ましい。

先日通りかかった村のヴィレッジ・グリーン(村の小さな広場)でも、こんな大型標識を見ました。

Slow Ducks Crossing
ゆっくり運転、カモが道路を渡る

ヴィレッジ・グリーンには、小さな池があり、その周辺には、たしかに何羽かのカモがくつろいでいましたから、時折、道路を渡りたくなってしまうカモもいるのでしょう。

子連れカモを描いた、こんな手の込んだ標識も。

Caution Ducks Crossing
注意 カモが道路を渡る

「かもさんおとおり」で道路を渡るカモの親子を助けるおまわりさん
こんな事を書いていて思い出したのが、米の絵本作家ロバート・マックロスキー(Robert MaClosky)による「かもさんおとおり」(Make Way for Ducklings) という絵本。最近になって、古本を入手しましたが、この本、最初の出版は、なんと1941年なのだそうです。 真珠湾攻撃が、1941年12月ですので、その直前の出版でしょう。マサチューセッツ州ボストンで子育てをする事に決めたカモ夫婦。お母さんカモが、親切なおまわりさんたちの助けを借りて、無事、車ぶーぶーの道路を渡って、お父さんカモの待つ池にたどり着く、というもの。なんでも、ボストンには、この絵本のカモの親子を模した銅像があるのだそうです。

野生動物愛護というのは、ある程度、裕福な国でないと、本格的に行うのは難しいというのはあります。国民が貧しく、肉などもめったに買えないような国では、カモが車につぶされないような考慮どころか、自ら、動くものは何でも狩って、片っ端から食べる・・・という事になるでしょう。

イギリスでは、世界初の動物福祉団体、RSPCA(英国動物虐待防止協会)が、1824年に創立。また、現段階でヨーロッパ最大規模の野生動物保護団体であるとされるRSPB(英国野鳥保護協会)も、1889年に創立されており、比較的早めに、過去の過ちに気付いて、それを改めるべく、動物保護を始めた、いわゆる動物好きの国ではあります。が、この本の初版の1941年は、イギリスは、第2次世界大戦の真っただ中。大陸ヨーロッパの状況に比べれば、ずっとましだったでしょうが、食べ物も節約して食べる必要があり、田舎の人が野生のカモを取って食べていたとしてもおかしくないですし、率先して、野生動物に気を使っていられる事態ではなかったでしょう。イギリスの寄宿学校にいたものの、大戦勃発で、オランダに戻った少女、後のオードリー・ヘップバーンなども、オランダで、食べるものがなく、球根を砕いたものを食べていた、などと言う話を聞いたことがあります。

一方、当時、こういう野生動物の大切さを描いた絵本が出版され人気になるという事は、合衆国、特にボストンのような北東部が、1929年に始まった大恐慌を乗り越え、豊かになりつつあり、余裕が出てきている事がわかります。絵本内に描かれている、公園でくつろぐ市民なども、平和な雰囲気。戦後もしばらくの間は、イギリスは配給制が続き、映画「チャリング・クロス街84番」などでは、ニューヨークに住む米女性が、ペンパルとなったイギリス人の本屋の男性のために、クリスマス用に食べ物がたくさん詰まった小包を送る、などという場面もありました。イギリスが国として、野生動物保護に本腰を入れられるようになったのは、やはり、戦後しばらくたってからのことでしょう。カモに注意、の道路標識が立ち始めるのも。実際、生活に余裕ができた国が野生動物保護をしなければ、一体、誰がするのか、それでなくても、絶滅しかけている動植物もたくさんいるのに。まあ、カモの絶滅は、今のところ心配はないでしょうが。

道路を渡るカモと、老人を同等に大切にできるような、世界的基準から見れば裕福で平和な社会に生きていられるのは幸せな事です。また、多少豊かになり余裕ができたところで、ちゃんと動物の福祉を顧みるか、というと、ヨーロッパ内でも、そうでない社会もあるでしょうから。イギリスから、「かもさんおとおり」文化が無くならないといいなと思っています。

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