パン屋の1ダース

baker’s dozen(ベーカーズ・ダズン)という言葉があります。dozen(ダズン)は、英語で1ダースの事ですので、直訳は、「パン屋の1ダース」。そして、ベーカーズ・ダズンとは、数字の「13」を意味します。「1ダースは12じゃないの?」という話になりますが、パン屋の場合は、1ダースは13。この理由は、13世紀のヘンリー3世の時代に遡ります。

この時代、パンの重さにより、値段を規制する法が施行され、規制の重さより軽いパンを売ると、パン屋はピロリー(さらし台)にかけられたり、叩かれるなどの体罰を受けることとなります。刑罰をおそれたパン屋たちは、客が注文したパン以外に、in-bread(イン・ブレッド)と称された、小さめの一片のパンを、おまけの様につけて渡して、計量が軽いと文句を言われる可能性を避ける習慣となるのです。

ですから、12斤のパンを焼くとしたら、「ついでにもうひとつ焼いて13斤つくってしまえ!」というわけで、念のため、少し、数(ひいては重さ)を多めにする、という意味から、パン屋たちの1ダースは、12ではなく、13と相成るのです。

実際に、ベーカーズ・ダズンという言葉が、書き物に残っている一番古いものは、16世紀になると言いますが、それ以前から使われてはいたのでしょう。

ウォレスとグルミットの登場する「A Matter of Loaf and Death」(邦題「ベーカリー街の悪夢」)というテレビ用に作られたアニメがありました。物語は、ウォレスとグルミットが、パン屋を経営している設定。昔、若くやせていた頃、パン屋の広告に登場して名声を得た女性が、今は太ってしまい、広告に使ってもらえなくなった事から、パン屋に恨みを抱き、ベーカーズ・ダズンの数(13)だけ、パン屋を殺そうと連続殺人をおこすのです。そして、ベーカーズ・ダズンを達成する、13番目の犠牲者として目を付けられてしまったのが、ウォレスでした。

「イギリスの食べ物は不味い、不味い」というのは、いまや、皆、何も考えずに口にする慣習のようになってしまっていますが、時に、「本当にそんなに不味いか?」と思うことはあります。去年の夏に、日本から私の姪っ子が遊びに来た時、兄から、「あいつは、好き嫌いが多く、小食。」と聞かされていたので、それじゃあ、こちらの食べ物など、あれも嫌だ、これも嫌だと、いう事になるか、と少々心配していたのですが、出すものほとんど、「美味しい」と、ぺろりと平らげていたのです。紅茶も嫌いなら、ジャムも食べられないという話だったのに、ミルクティーと一緒に、いちごジャムを乗せたトーストもむしゃむしゃ、がぼがぼ。土産にはチップトリーのジャム、リトル・スカーレットまで買って帰っていました。

そうそう、特に、イギリスのパンは、おいし~いです。最近では、どこのスーパーでも、店内で焼いたパンを販売するコーナーがあるし、そこから、全粒粉を使って焼いたホールミール・ブレッド(wholemeal bread)や、粒粒の入ったグラナリ・ブレッド(granary bread)のスライスしていないものの、焼きたてを一斤買うと、ほとんど何もつけないでも美味しい。イギリスのパンに慣れると、日本に帰ってから、日本の食パンに手を出す気になれません。あの、日本の学校での給食の時間に出されていた、白くふにゃっとした食パンの感触たるや、思い出しただけで気持悪いですもの。べちょっと、舌にへばりつく感触。もっとも、ホワイト・ブレッドは、イギリスでも、いまだに、ほとんど手を出しませんが。

知り合いのフランス人女性のお母さんは、いつも、イギリスに来ると、やはりパンが美味いと食べまくって、フランスへ帰る前に、必ず何斤かお土産に買って帰っているという話も聞きました。おフランスのパンより、イギリスのパンの方が美味しいと思う人もいるわけで。さすがに、しけってしまうでしょうから、お土産に買って帰るには、ベーカーズ・ダズンというわけにはいかず、1斤か2斤だけでしょうけれど。

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