最初の4年間 The First Four Years

ローラ・インガルス・ワイルダー著の「インガルス家の物語」または「小さな家」シリーズとしても知られる、19世紀アメリカのフロンティアでの著者の生活をつづった、一連の物語を読み続け、ついに最後の一冊に到着しました。ゴールイン!

両親と姉妹が住む家から、夫君アルマンゾ・ワイルダーの建てた家に移った後の、新婚生活の奮闘振りを描いた「最初の4年間」( The First Four Years)は、出版が、1971年と、比較的遅く、ローラ・インガルス・ワイルダーも、彼女の娘のローズ・ワイルダー・レーンも亡くなってからのこと。ノートに綴られていたローラの原稿を、そのまま編集なしで出版したものだという事で、少々荒削りで、「物語」というより、「記録」といった感があり、この前の8冊とは、かなり違った感触。ですから、前作の「この楽しき日々」が、純粋な意味では、当シリーズの最終巻という趣があります。ただし、イラストは、初作の「大きな森の小さな家」からずっと続けて、これもガース・ウィリアムズの手によるもので、彼の暖かい絵が、シリーズの連続性を感じさせてくれます。

アルマンゾは、ホームステッド(米のホームステッド制に関しては、こちらまで)の他に、木を沢山植え育てる事により、その土地を獲得できる、というツリー・クレイムと称する土地も申請してあり、二人の新居は、このツリー・クレイムの土地内にアルマンゾが建てたもの。当時のアメリカ政府、西部に小規模農家を増やすと共に、森林地を広げる方針もあったようで、このツリー・クレイム(Tree Claim)という制度が設けられたようです。2人はツリー・クレイムの家に住みながら、アルマンゾは自分のホームステッドで農業を試みるのです。

農場経営には、あまり気が進まなかったローラであるものの、ニューヨーク州の農家の子供に生まれ、自分の力に頼って生きれる農家が一番と信じるアルマンゾから、「農場経営を3年だけ試してみて、それで成功したら続け、だめだたら、他の事をする」という約束をとりつけ、妥協。淡々と書かれているものの、次々と災難が降りかかるのです。

ざっと、この4年に起こった大きな出来事を載せると、

1年目 
良く実った小麦が、わずか20分間の雹の嵐で全滅。更に、ローラは、この後、アルマンゾが、家の建設に500ドルの借金をしており、返済が出来ない限り、その借金への利子を払い続ける必要もあると知らされる。ツリークレイムの家を貸し、ホームステッドに建てた小屋に移る。

2年目
 ローズ誕生。乾燥した夏で、穀物の実りはいまひとつ、値段もいまひとつ。

3年目 
ローラとアルマンゾは共にジフテリアにかかる。アルマンゾは、その影響で手足を動かすのが難しくなり、回復に時間がかかる。乾燥した風で小麦は干からびる。ホームステッドを売り、賃貸者が出て行ったツリークレームの家に戻る。

そして、もう1年だけ農家を続けるチャンスをあげるとローラが合意した4年目
長男誕生後、すぐ死亡。家が火事で焼け、家財の大部分を亡くす。

と、良いことは、ローズの誕生だけだったような印象ですが、物語の最後で、家が焼け落ちた後、しばらく近所の人の家にやっかいになり、新しいほったて小屋を建て、そこへ移ったローラは、農業も西部開拓も、がんばっていれば、後できっとうまくいく、という、基本的楽観精神に関しては同じことだと、心に新たなるチャレンジ精神がむくむくとわきあがってくる、という比較的明るいトーンで終わっています。

全て物事は、最後には平等に分配される、という意味で、アルマンゾが口癖の様に繰り返すジョークは、
The rich man has his ice in the summer and the poor man gets his in the winter.
金持ちは夏に氷を買えるが、貧民も冬には氷が手に入る。

アルマンゾの、家の建築の際の借金500ドルの他に、必要な機械などの購入にも借金が必要。更には、小麦の販売、家畜馬の販売、羊毛の販売で多少の金を稼いでも、食物を含めた全ての必要品を買うには、どうしても現金が足らない時がしばしば。そのため、すでにある借金の利子を払いながら、また銀行から借金・・・と、かなりきりきり舞の家計です。当時の銀行から借金をするときの利子は、月3パーセントだったそうで、年間にすると、46パーセントほどと、かなり高い。ローラも、誰が、こんな高い利子を払い続けられるのか、と文句を言ってますが。銀行以外では、雑貨屋などの店から、商品券の形で借金をすると、これに対する利子は、月2パーセントと、銀行より、低かったと書かれています。ただし、たとえ利率が低くても、これは、ローラのプライドが許さず、できなかった、というくだりがありました。落ちぶれた人間がやること・・・という感覚があったのでしょうか。プライドもさることながら、雑貨屋からの商品券を買うのに、雑貨屋から借金をして、利子は現金で返すとなると、まず、その雑貨屋でしか、買い物が出来ないことになるし、店が商品の値段を吊り上げる可能性もあるしで、ぱっと見は、利子が安くても、最終的には、銀行より高くつくという事も往々だったと思います。雑貨屋にとっては、いい商売だったでしょうが。

1年目の終わりに、一時的に、ツリークレームからホームステッドに移るのも、銀行からの、更なる借金が必要となり、担保としてホームステッドの土地を使用するには、そこに住んでいる必要があったから、というもの。ジフテリアの影響で、アルマンゾの手足が自由に動かなくなった時に、ホームステッドと、ツリー・クレイムの両方の土地を管理するのが不可能となり、ホームステッドは売り払ってしまうのですが。

やがては、ツリークレームに植えた木々は、大半が熱風で枯れてしまい、アルマンゾは木を植えることもあきらめる事となります。木を植えずに、その土地を手に入れるためには、6ヶ月以内に、200ドル(1エーカーにつき、1.25ドル)で、国から買い取るという手があり、アルマンゾは、ツリークレームの土地を失わないために、この200ドルもなんとか、捻出しようとするのです。それでも、今から見ると、当時のアメリカの開拓地で、こうして入手できた土地は、バーゲン価格です。最終的に、彼らは、土地の入手のしやすさと、その低価格によって、救われるわけですから。この土地での農業はだめだと、見切りをつけたら、それを売り払い、荷物をワゴン車に積んで、再び、別の場所を求めて旅立つ・・・という事も、土地がすでに誰か他の人間に帰属して、高価である現在の世界では、むずかしいところでしょう。特に、不動産の値段が異様に高い現イギリスなどでは、何も持たない貧しい人間が農地を得て、一から農業などというのは、もう無理ですね。

アルマンゾが外で労働の間、ローラは、大草原の只中の家でひとりで家事や家畜の世話などをするのですが、彼女、誰もいないところに1人でいるという事に関しての恐怖は一切持たなかったようです。私なら、ちょっと怖くなりそうな気がしますが。一度、ローラが1人の時に、インディアンが何人か、現れ、納屋の中の物を物色するのですが、ローラは、インディアンたちを追い払い、その際、自分の腕に手をかけてきた一人のインディアンの横っ面をひっぱたくという、なかなか好戦的な行動に出るのです。ひっぱたかれたインディアンは怒りを示したものの、他のインディアンたちが大笑いをし、やがて難なく去って行くのですが、場合によっては、ひどい事になっていた可能性もあります。

文化背景として、興味深かったのは、2度目の妊娠中に非常に落ち込んでいたローラに、隣人が、スコットランド作家、ウォルター・スコットの小説を貸してくれる、というもの。小説内の、騎士や貴婦人、スコットランドの川や湖、城、塔、貴族の館などの描写に夢中になり、ローラはすっかり具合が悪かったのを忘れてしまうのです。詩人のテニソンと言い、ウォルター・スコットト言い、独立後も、文学に関しては、まだしっかり、マザー・カントリーのイギリスの影響が強かったようです。

ガース・ウィリアムズの最後のイラストは、2人が結婚後始めてのクリスマスに買ったという皿の絵で、この皿は、家の火事の後、燃えずに助かったわずかな家財のひとつ。カタログ・ショッピングのようなものが当時から始まりだしたようで、これも、他のテーブルウェアと共に、ローラとアルマンゾが、クリスマスのギフト用カタログを見て注文し、シカゴから配送されてきた物。皿には、「今日も我々に日々の糧を与えたまえ」(Give us this day our daily bread)という文字と小麦の絵が刻まれており、現在、ミズーリ州マンスフィールドにある一家の博物館に飾られているという代物だとの説明が入っています。日々の糧を得るために、いくつもの災害を乗り越えて奮闘した、たくましい一家の物語の終わりには、ふさわしいものです。

史実としては、この後、2人は、この地で農場を続けることをあきらめ、一時、ローラの実家に世話になったあと、1894年、アルマンゾ、ローラ、ローズの家族3人で、馬に引かせたワゴン車に乗り、ダコタを去り、ミズーリ州マンスフィールドへと移動。最終的に、この地に、アルマンゾが建てた家(現在博物館)で、アルマンゾは92歳、ローラ90歳という、長寿をまっとうするまで、生活することとなるのです。ローラがこの家で書いた、初作の「大きな森の小さな家」を出版したのは、彼女が65歳になってから。この家には、インガルス一家の物語に登場する色々な品が飾られているようで、お父さんのバイオリン、ローラが先生をしてためたお金で、盲目の姉メアリーのために買ったオルガン、上記の皿、アルマンゾの手作り家具もここに展示されているそうです。見に行ってみたい気もしますが、それだけのために行くには、ちょいと遠いですね・・・。

娘のローズ・ワイルダー・レーンは、この作品一連の編集を手伝ったとされ、一部、母親のゴーストライターではないか、という噂もあるようです。かなり優秀な頭脳を持った女性であったということで、母親の本が出版される以前からジャーナリストであり、彼女の友人によって書かれた、この本の前書きによると、78歳にして、戦争特派員として、ベトナムに行ったという話です。そして、81歳で、世界旅行へ旅立つ直前、急死。両親の様に、自然に触れながら、戸外で働く、という事には特に興味を示さなかったものの、ローラとインガルスのお父さん(ローズには、おじいさん)同様、絶えず、何かを求めてうずうずする冒険精神は旺盛だったのでしょう。

私も、こうして、大人になって始めて呼んだ、小さな家シリーズでしたが、開拓者の生活ぶり、当時の風習の面白さ、さらにはアメリカ合衆国と言う国の初期の歴史や社会的背景への知識が楽しみながら広がり、本当に、読んで良かったと思っています。また、びっくりするような、踏んだりけったりの災難に見舞われながら、笑いと楽観を忘れない一家の強さには、インスピレーションを受けるところもあり。読んだ後、一冊一冊、ブログ記事にするという、少々面倒で、しつこい事もやりましたが、その分、記憶に残ってくれる事と期待しています。「このシリーズなら、大昔に読んだわい」という人も多いかもしれませんが、まだ読んでいない人、または、読んでも忘れてしまった人、テレビシリーズしか見ていない人、アメリカの歴史に多少でも興味のある人、自給自足生活に憧れる人などにも、比較的簡単に読め、得るものも大きい、お勧めの物語集です。

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