「ビル・ブライソンの究極のアウトドア体験」と「わたしに会うまでの1600キロ」

アメリカの東海岸よりを、南北に走るトレイル(ハイキング路)、アパラチア・トレイル(Appalachian Trail)。そして、アメリカ西海岸よりを南北に走るトレイル、パシフィック・クラスト・トレイル(Pacific Crest Trail)。其々、その全距離は、3500キロと4286キロという半端ではない長さです。参考までに、イングランド国内の長距離トレイルで最長のものは、現段階では、イングランド南西の海岸線をぐるっとめぐる、サウス・ウェスト・コースト・パス(South West Coast Path)の1014キロですので、規模が違います。いつの日か、イギリスの海岸線を全てつなぐトレイルができたら、話はまた別ですが。

大きなリックをしょって、キャンプをしながら、このアパラチア・トレイルとパシフィック・クレスト・トレイルを歩く事をテーマにした映画を2つ、立て続けに見ました。


まずは、米作家ビル・ブライソンの体験談「A Walk in the Wods」(日本語訳題名:ビル・ブライソンの究極のアウトドア体験、北米アパラチア自然道を行く)をもとにした、同名の映画。こちらは、映画館で見ました。いつも、低く雲が空を覆うイギリスに住むのは、「タッパーの中に住んでいるようなものだ」の名言で知られる彼。イギリス人の奥さんを持ち、長くイギリス在住、現在はノーフォーク州に住むビル・ブライソンは、イギリスでも大人気のユーモア作家で、一家に最低一冊は、この人の本があるのではないでしょうか。

これは、彼が一時アメリカに戻り、ニューハンプシャー州に住んでいた時の話で、いきなり思い立って、酒飲みで怠惰な友人のカッツと共に、アパラチア・トレイルの制覇を目指すというもの。映画の中では、住んでいた家のすぐ近くに、このトレイルの一部が通っているのに気がつき、調査を始める・・・という設定になっていました。

当時、ブライソンは、40代であったそうですが、演ずるは、79才(!)のロバート・レッドフォード。よって、「あんた、ほんとに、3000キロ以上の道のりを歩くつもりかね?」という無謀ぶりは良く出ています。1人で旅に出るのを心配する奥さん(エマ・トンプソン)は、アパラチア・トレイルで、熊に襲われ死んだ、変な人間に襲われた、崖から落ちた・・・云々・・・という記事を集めて、見せ、不安になったブライソンは、一緒に行ってくれそうな相棒探しを始めるのです。次々に断られ、最後に話に乗ってくるのが、どーしょーもなく不健康な風体のカッツ。

ロバート・レッドフォードは、10年前からこの映画を製作を考えており、当初は、ポール・ニューマンに相棒カッツをやって欲しかったそうなのですが、ポール・ニューマンは、2008年に亡くなってしまいましたから・・・カッツ役はニック・ノルテ。外観はポール・ニューマンよりイメージに近い気はします。

途中、夜中にキャンプ場に熊が出現したり、崖から落っこち若者たちに助けられたり、非常なお喋りの変わった女性ハイカーを振り切ろうと必死になったり、カッツがコインランドリーで知り合い、ちょっかいをだした女性のだんなに追いかけられたり・・・などのエピソードを経て、最終的には、疲れたおじさん(映画ではおじいさん)二人の旅は、「やるだけやった、おうちへ帰ろう」と、トレイルを完歩する事なしに終わります。ブライソンは、帰宅後、久々にペンを取り、トレイル体験記の本を書き始める・・・と相成るのです。

絶景が沢山見れるかな、と期待していたのですが、題名どおり、ほとんどが森の中を歩くシーンで、森林が切れて、見晴らしのすばらしい場所が出てくる回数はわりと少なかったのが残念。

映画公開直前にロンドンの地方紙で、ビル・ブライソンのインタヴューを読みましたが、こうした、キャンプをしながらの長距離トレイルの旅はもう遠慮する、というような事を言っていました。イギリスでのハイキングの様に、日中歩いたら、夜は、B&Bにでも泊まってのんびりする方が文化的でいい、と。私も、その口です。それでなくても寝つきが悪いので、テントの中などで絶対眠れないと思うし、歩きも、自分の体より大きいリックなぞしょっていたら、景色を楽しみながらのハイキングというより、修業僧のような気分になりそうです。

原題:A Walk in the Woods
監督:Ken Kwapis
2015年

さて、場所を西へ移動し、シェリル・ストレイドの自伝「Wild: From Lost to Found on the Pacific Crest Trail」(大自然、パシフィック・クレスト・トレイルでの喪失から発見まで)をもとにした、映画「Wild」(邦題:わたしに会うまでの1600キロ)。こちらはDVDで鑑賞。

大好きだったお母さんに若死にされてしまったのと、離婚の心の痛手で、麻薬使用に走る、知り合った男性かたっぱしからエッチしまくるなど、かなり荒れた生活をしていた彼女。書店で見たパシフィック・クレスト・トレイルの本の写真に惹かれ、過去を清浄し、人生再発見の旅に繰り出す。倒れたら、ひっくり返った亀の様に起き上がれないほど巨大なリックをしょって、まずは南のモハーヴェ砂漠の中から歩き始めます。荒涼とした景色の中、よろよろ1人で歩きながら、「今ならまだ引き返せる」と何度か思うシーンがありますが、この気持ちはわかります。人っ子一人いない砂漠を、未知へ向かって歩き出すのは恐ろしいですもの。

トレイルとは称しながら、それこそ、水が無い砂漠の中や、一部ロック・クライミングに近いような部分もあり、これは、確かに、サバイバル能力が無いと、怪我したり、遭難したりする人がいてもおかしくない感じです。靴のサイズが小さめで、黒くなってしまった足のつめを無理やりはがすシーンには、もらい涙が出そうになりました。それでも、映画の中で、私が一番、主人公への危機を感じたのは、薄気味悪い男性の2人組みにあった場面。周辺、他には誰もいない中、殺されて、その辺に埋められても、しばらく見つからないでしょう。特に、銃を持つのが自由な国だと、銃を手にした殺人狂が現れたら元も子もない。厳しい大自然の中でも、一番怖いのは人間・・・というのもね。

トレイルを歩く中、過去の出来事がフラッシュバックで、何度も登場するのですが、このフラッシュバックの数があまりに細切れで、数が多く、少々、とぎれとぎれの印象がありましたし、お母さんの死、と離婚・・・・悲しくはあるだろうけど、「ここまで、人生はずすか?」と思われる自暴自棄ぶりに、退廃した先進国社会でしかおこらない現象じゃないか、とあまり主人公に対する同情感が、私は持てなかったです。原作には、もっと彼女の背景状況が描かれて、なるほどと思うところもあるのかもしれませんが、私は原作読んでいないので。ただ、景色は、ビル・ブライソンの映画よりも、もっと変化に富んで、面白かったですね。

トレイルの途切れ途切れの場所で、ハイキングをする人間が記帳できるノートが置いてあるという計らいは気が利いています。また、とにかくトレイルが人里離れている事から、旅に必要な物を知り合い、家族に送ってもらい、所々の要所で、そういった郵送物を受け取れる場所がある、というのも、でっかい国ならではですね。

最後、オレゴン州からワシントン州の境目のブリッジ・オブ・ゴッズ(Bridge of the Gods)を渡りながら、これだけの大変な道のりを歩くことで、過去の清算を果たした彼女の将来の明るさが示唆されて、めでたし、めでたし。自然の中を歩く事は健康にも精神にも抜群だと、最近も、またニュースで取りざたされていました。森林浴の言葉通り、精神を緑で洗い落とす効果があるのです。

40代で死んでしまった主人公のお母さんは、苦労した人生に関わらず、明るい前向きの人だったようです。この映画の中で、私がとても気に入ったのは、お母さんが常に口にしていたとという言葉。

There is a sunrise and a sunset every day and you can choose to be there for it. You can put yourself in the way of beauty.

一日に、日の出と日没は一回ずつあるのだから、人は、それを眺める事を選ぶことができるわけよ。美しいものの只中に自分を置くことができるわけよ。

イギリスのタッパーの蓋に切れ目がある時は、私も朝日と夕日を楽しむようにしたいものです。

原題:Wild
監督:Jean-Marc Vallee
2014年

双方とも、名作というような映画ではないですが、私としては、おそらく一生歩くことがないだらう、この2つのトレイルを少しでも味わえただけでも、見てよかったと思いました。2作とも、見終わった後味はいい映画ですし。

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