アップルパイはおふくろの味

我が家の2件隣に、うちの通りにある家々が建てられた当初の1960年代から住んでいたおばあさんがいましたが、2年前に亡くなりました。私は、彼女の家の庭が大好きで、特に、9月になると、絵に描いたような、真っ赤なりんごを実らせる、彼女のりんごの木が好きでした。我が家の2階の窓から、秋は、毎朝、カーテンを開けるたび、そのりんごの木を眺め、「実りの季節だわね」と実感。ですから、彼女が亡くなり、家が売りに出された際は、「買い手が、庭好きで、りんごの木を切らずに取っておいてくれる人だと良いな」と、思っていたのです。

新たに引っ越してきたのは、イタリア出身で、若い頃イギリスに移住して来た老婦人。若くしてご主人を亡くしているので、女手ひとつで、子供4人を育てた人で、大変まめなガーデナーでもあります。りんごの木は、最初は、「切ってしまおうかしら」と言っていたのを、私が、「真っ赤で、綺麗な実がなるから、もったいないよ」と言うと、気を変えてくれて、刈り込みだけして、切らずにそのままにする事となりました。かなり刈り込んだために、去年は、ほとんど実がならなかったものの、今年はつやつやの実がたくさん。

先日、彼女が、はしごによじ登り、りんごをもぎ取っているのを塀越しに目撃。なんとなく、危なっかしかったので、手伝いに行きましたが、ばけつ5,6杯も収穫。「好きなだけ、もって行って」と言われたものの、すでに、前にも何個かもらって、それすら食べきれていなかったので、「りんごより、アップルパイの方がいいな・・・」と、ちゃっかり発言をしました。彼女は、パイやらケーキやら、自分では、ほとんど食べないのに、とても作るのが上手なのです。アップルパイも、以前に一個もらった事があり、美味だったのです。彼女のパイは、砂糖を大量に使用しないで、わりと甘みを抑えてあるのも良いのです。最近、砂糖の取りすぎが、いかに体に悪いか、とニュースになっていますし。

さて、その次の日の夕刻、彼女は、オーブンから取り出したばかりの、まだ湯気のあがっているアップルパイを、オーブン・グラブをつけたまま抱えて、うちの勝手口へ駆けてきて、届けてくれました。「もう一個、オーブンに入ってるから、すぐもどらないと。それじゃーね!熱いうちに食べると美味しいわよ!」と。

英語で、

Motherhood and apple pie
母である事と、アップルパイ

というフレーズが、時に使われます。「母である事と、アップルパイ」は、健全なものの代表選手の例えとして用いられたり、疑う余地が無いほど、誰もが認める善良な物の例えとして用いられたりします。もともとは、アメリカの表現だと思うのですが、イギリスでも、わりと耳にするフレーズです。

Freedom is important!
自由は大切だ!
Of course, it is like motherhood and apple pie. Tell me something new.
そりゃ当然だよ、マザーフットとアップルパイと同じ事。なんか、もっと斬新な事を言ってくれ。

なんて感じで使われます。

成長して、それぞれ家庭を持つ子供たちが、いまだに、彼女の焼いたパイをもらいに来ると言うので、まさに、おふくろの味なのでしょう。私も、ほくほくのアップルパイを、がつがつと食べました。わきにアイスクリームをのせて、一緒に食べると、もっと、ティールームで出される本格デザートみたいかな、と冷凍庫に手がかかったものの、カロリーの数値が、カチカチと上昇するのを想像し、アイスクリームはあきらめました。アップルパイだけで、十分美味しかったですしね。

近くの教会の脇では、梨がたわわに実っています。そう言えば、アップル・パイはよくあるのに、ペア・パイというのは、見聞きしないですね。梨は、汁気が多すぎて、パイなどに入れると、ぐずぐずにくずれて液状になってしまうのかもしれません。

梨を使った表現に、

It's all gone pear-shaped.

というのがあります。こちらは、アメリカではなく、イギリス独特の表現。直訳すると、「全ては、梨の形となった」ですが、物事が計画通りに進まずに、大失敗したり、がっかりする結果に終わった時に用います。それこそ、梨を大量に使用して、梨のパイを作ってみようとチャレンジしたりすると、中身がぐちょぐちょとなり、”It's all gone pear-shaped.”(大失敗に終わっちゃった。)と、ため息をつく事になるやもしれません。

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