ペアーズ石鹸

べっこう飴の様に透き通ったペアーズ石鹸(Pears Soap)。この石鹸のやさしい肌触りと香りが好きで、長年使ってきたという人は多いようです。うちのだんなの母親も、ペアーズ石鹸のファンで、一生愛用。上の写真の、左手の石鹸は、彼女が亡くなった際に、使いかけだった石鹸を、だんなが実家から持ち帰ってきたもの。その後、使わずに、今は、私の洋服の入った引き出しにつっこんだままになっています。右手は最近買った新しいもの。

ペアーズは、世界で一番古いブランドであると言われており、その歴史は遡ること1789年。当時はお洒落な住宅街であったロンドンのソーホーに床屋を開いたアンドリュー・ペアーズは、店に訪れる裕福な顧客達が、白いお肌を大切しているのに着目。お肌の色が黒く、がさがさだと、しょっちゅう日に当たり外で仕事をしている労働階級のようだ、というわけです。お上品な人たちは、土方焼けをしているように見られたくなかったのですね。(時代変わって、現イギリスでは、こんがり焼けて小麦色の肌がありがたがられたりしています。焼けた肌=南国でのホリデー=裕福である・・・という方程式。)ペアーズ氏は、こうした富裕階層の人たちのために、泡立ち良く、肌に優しい上質の石鹸を作ります。特に、この石鹸が、透き通っているということが画期的で、宣伝威力を発揮し、ブランド・イメージ確立に役立ちます。

ペアーズと言えば、ジョン・エヴァレット・ミレー(John Everett Millais)による絵「バブルズ Bubbles」(シャボン玉)をポスターに使っていたことでも知られています。手持ちの画集の情報によると、オリジナルの絵は、ミレーが、孫息子がシャボン玉遊びをするのを描いた1886年の作品。シャボン玉は、子供時代があっという間に過ぎていくはかなさ、ひいては人生のはかなさの象徴としてよく使われる題材です。余談として、ミレーは、友人であり、アマチュア写真家であった、ビアトリクス・ポターの父に、この孫息子の写真を取ってくれるよう依頼したそうで、ビアトリクスの日記には、このミレーの訪問の記載が残っているのだそうです。

「バブルズ」は、完成後、イラスト入り週刊新聞、イラストレイテッド・ロンドン・ニュースのクリスマス版に使われるべく、当紙のオーナー、ウィリアム・イングラムによって著作権つきで購入されます。が、更に、この著作権は、ベアーズ社により購入され、社は、この絵の上に、ペアーズ石鹸のイメージを重ねて、広告に使用し始めるのです。ミレーは、このため、「芸術家たるものが、こんな商業主義に走るとは!」との批判を受け、憤慨したものの、著作権を持たない作品に対してなす術も無く。かくて、ミレーのこの絵は、後ずっと「ペアーズの石鹸の絵」としてイギリス人の記憶に残ることとなります。ま、いいんじゃないの。商業用ポスターも古いものはアンティークであり、アートでもありますから。

さて、一番上の写真の新旧二つのベアーズ石鹸、見た目は似ているのですが、中身が大幅に変わっています・・・。昔のものは、比較的ほんわりとした家庭的香りがするものの、新しいものは、少々きつめの香り。原料として使用するものの数も、新しいものは、昔のものの2倍くらいに量が増えて、複雑な混合物となっているようです。また、このブランドは、現在は、ユニリーバ社のインドの法人、ヒンドゥスタン・ユニリーバ所有で、生産も、メイド・イン・インディア。同社によって、2009年から、その材料が大幅に変えられてしまったのです。商品名だけは昔ながらのブランド名でありながら、その実、他社の手に渡った結果、中身が変わってしまった・・・というのは最近多々あることです。このブランドも、同じなのは、見た目と名前だけで、ライトのコールタール石鹸と似たような運命です。

新しい材料を使った石鹸は、以前より早く消耗して無くなってしまう上、その香りの評判に至っては、非常に悪く、フェイスブックにて、ペアーズ石鹸の昔の香りを取り戻せ・・・のようなキャンペーンまで起こっています。2010年に、ヒンドゥスタン・ユニリーバは、このキャンペーンに対応して、少々材料の変更をし、香りも改善されたものの、昔のものとはまだ違うまま、現在にいたっています。現在のペアーズのパッケージには、「200年の歴史のブランド」なんぞと書かれて、その継続性は、しっかり宣伝に使用されているのですが。

昔のペアーズ石鹸の放つ、洗い立ての洗濯物のような、ふんわりやわらかい香りが好きだったという、あるジャーナリストが、昔のペアーズが、まだ市場に出回っているうちに、自分が生きている間は、ずっとこの昔のペアーズ石鹸が使えるようにと、大量に買いあさった・・・と書いてある記事を、以前読んだことがあります。そういう手もあったんですね。きっと、この人、集めている最中は誰にも言わずに、ひそかに購入したのでしょう。昔の石鹸ファンが、皆、同じ事を思いつき、大挙して買いに走ったら、値がつりあがって、びっくりするような値段で、オークション市場に出回っていたかも!そして、歴史的に、「石鹸バブル」などと呼ばれる現象に至っていたりして・・・と一人くだらぬ想像をして、ほくそ笑んだ私です。

うちは、正真正銘ペアーズ・ソープは、上記の使いかけ1個が残るのみなので、一生使わずに、たんすの中に置いておき、衣類に、洗いたて洗濯物の香りを撒き散らしてもらい続けることで満足することとします。

コメント

  1. へぇ~
    そういう有名な石鹸だったんですね。以前に骨董市で横にいたフランス人からまとめて購入して、ちゃっかり上乗せして10個も売ってしまったじいちゃんです(^-^)
    使えばよかった。せめて1個でも・・・
    明後日からフランスに仕入れにいきます。ぜひ、見つけたいと思っています。いつも感心させられる文章力と知識にうちの奥ちゃんとともどもすっかりファンです。(あまりコメントしていませんが)
    このブログが本になったらいいのにといつも思っていますが、建築業界と数人の骨董屋さんしか知り合いのいない私。出版関係の人の目にとまればいいのにね・・・
    また覗きにきます。
    いつもやさしくて知識豊富なブログをありがとうございます。

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    1. オリジナルの石鹸だったら、本当、取っとけば良かったですね。しばらくたってから、「もう、昔のフォーミュラの同じものは普通の店では買えないよ」と言って更に大幅上乗せで売れたかもしれない・・・。
      5月というのに、まださえない天気が続いてます。フランスも、今のところは、ロンドンと似たような天気だと思うので、暖かい洋服を持って行って下さいな。気をつけて、楽しんできて下さい。
      読んで下さって、感謝!

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  2. こんにちは!
    以前愛用していたPears Soapを探してここにたどり着きました。

    毎年旅していたオーストラリアでも、ケミストやスーパーマーケットなど、どこでも手に入ってしかも安いので($1.85くらい)、Pears石鹸で顔も身体も洗ってました。
    いつも帰国する前に100個くらい買って帰ったので、税関でよく怪しまれたものです。笑
    なつかしい~(≧▽≦)♡

    Pears Soap 200年の歴史の裏エピソード、とても面白く読ませていただきました♪

    ある年突然、石鹸の使い心地が以前とは全く違っていて愕然としたのを覚えています。
    また昔と同じレシピで製造する予定は無いのでしょうか…?
    復活したら今度は本場イギリスへ買いに行こうかしら(*´▽`*)

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    1. 土産に100個の石鹸とは、かなりのファンでしたね。

      残念ながら、今のところは、フォーミュラが前に戻る気配はなく、なんだか、石鹸自体の厚みも昔よりかなり薄くなった気がし、すぐ、ぬるぬるぐちょっとなり、消耗度も早く、最近では、これは、ほとんど買わなくなってしまいました。液体せっけんというものが嫌いで、固形石鹸を買いたくなるので、ライトの(コールタールはもう入ってない)コールタール石鹸は相変わらず使ってます。

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