ロンドンのリヴァリカンパニー

中世の西欧諸国、諸都市で発達したいわゆる商業組合は、英語では一般にギルド(guild)として知られます。ギルドとは、サクソン語の''gildan"(支払う)から派生した言葉で、同業組合に所属し、メンバーになるためには、会員費を「支払う」必要があったため。

中世の時代、同業を営む者たちは、同じ地域に居住し働くことが多く、現在でもロンドンでは、クロス・フェア(Cloth Fair、布市場)、アイアンマンガー・レイン(Ironmonger Lane、金物通り)、ブレッド・ストリート(Bread Street、パン通り)その他もろもろの、かつて、その通りで働いた業者たちの名残を残す名前にお目にかかります。こうした同業者たちは、競争規制や商品やサービスの水準の維持などを目的としてギルドを結成。職業以外でも、ギルドは、精神的金銭的な互助会の役割も果たし、メンバーが病気になったり年老いて身寄りがなかったりした場合のアームズハウス(almshouse、救貧院、養老院)も設立。かつては、キリスト教との結びつきも深かったため、それぞれのギルドは特定の教会や守護聖人との関わりを持ち、メンバーの葬式、または死んだメンバーのための祈祷などもギルドの重要な役割となります。特に、それぞれのカンパニーが、自分たち専用の館(ホール)を建設するまでは、教会で会合なども行われていました。

特に、ロンドン(シティー・オブ・ロンドン)に存在してきたギルドは、リヴァリ・カンパニー(Livery Company)と言う名で呼ばれています。リヴァリとは、中世の時代、貴族や学校、ギルドなどが所有する館や屋敷内で、そこに所属する者たち、その経営に司る者たち(従業員)に与えられた衣服、食べ物、飲み物を指した言葉ですが、やがて、所属する組合や館特有の衣類や紋章を意味する言葉として限定されていきます。そうしたリヴァリ(装束、紋章)によって、各ギルドに所属する者たちは、他のギルドとの識別、同朋意識を養い、やがてロンドンのギルド自体がリヴァリ・カンパニーと呼ばれるに至ります。

中世のロンドンで、ある特定のリヴァリ・カンパニーのメンバーとなり、自由にシティー・オブ・ロンドン内で働けるようになるには、まず、約7年間、見習い(apprentice)として、親方の下で修業。修行を終えると、ジャーニーマン(journeyman)と呼ばれ、この段階では、まだ、自分の名で、学んだ職業を自由に営む権利がなく、やがてロンドン内で、店を建てたり、土地を得たり、シティーの行政に関与できる自由権(フリーダム)を手にすると、フリーマン(freeman)と呼ばれるようになります。そして、いつの日か、めでたく、自分の職業を確立するとリヴァリマン(liveryman)として、完全なメンバーシップを獲得することとなります。このフリーダム(自由権)と、リヴァリ・カンパニーに属することは、シティー内で働こうとするものには、必須条件でした。また、フリーダムを有さなければ、シティーの行政に関わる権利も一切なしです。

17世紀も後半となっていくと、シティー・オブ・ロンドンの外にも町が広がっていき、シティー内で働く人間や商売の規制を行うリヴァリ・カンパニーの管轄外で、なんだかんだとうるさく言われずに、自由に商売を始める者が増えていき、やがては、そうしたシティー外の商人、商売、産業が、シティー内の業者たちより安い値段で、商品やサービスを提供するに至り、ついに産業革命が到来すると、シティー内の産業は衰えていき、リヴァリ・カンパニーも、元来の存在意味をなくしていくのです。昨今のリヴァリ・カンパニーは、昔ながらの産業に従事しているものはあまりなく、慈善事業などに携わるものがほとんどです。

最も重要なリヴァリ・カンパニーであるマーサーズのシンボル、マーサーズの乙女
現在シティー・オブ・ロンドンには110のリヴァリカンパニーが存在し、中世に遡る古い歴史を誇るものから、最近になってから設立されたインフォメーション・テクノロジーなるリヴァリ・カンパニーまであります。これらリヴァリ・カンパニーの間には、その重要性を示すための順位が決められており、そのうち12位までの、最も格式高いとされるリヴァリ・カンパニーは、「偉大なる12」(The Great Twelve)として知られます。その「偉大なる12」のリヴァリ・カンパニーの名を全部連ねたところで、日本人の人たちには大して面白いものでもないでしょうから、ここでは、トップの5つだけを挙げておきます。

1.Mercers (マーサーズ)
羊毛の輸出、絹やベルベットなどの高級布地の輸入を扱った商人たちのギルド
2.Grocers(グローサーズ)
もともとはスパイスの輸入業者、後、卸売業者のギルド
3.Drapers(ドレーパーズ)
羊織物を主とした織物商のギルド
4.Fishmongers(フィッシュマンガーズ)
魚商のギルド
5.Goldsmiths(ゴールドスミス)
金細工師のギルド

1669年と、一番古いマーサーズの乙女
普通は、上記のように、ただマーサーズ、グローサーズ、ドレーパーズなどと称されていますが、正式名称は、そのまえに、「Worshipful Company of」がつき、「敬虔なるxxカンパニー」となります。

一番重要とされるマーサーズ・カンパニーは、ロンドン各地に多くの建物を所有し、マーサーズが所有する建物の外壁には、マーサーズのシンボルである、マーサーズの乙女(Mercers Maiden)と呼ばれる女性の彫り物が据え付けられています。この乙女さんたち、それぞれ、違った衣装や顔をしているのが面白いです。

上記の通り、昨今、リヴァリ・カンパニーは、中世に遡る職業にあまり関係なく、慈善事業などに携わるものが大半です。古くから多くの土地や建物を所有するマーサーズなどは、特に裕福で太っ腹なものが多いですから。昨今のメンバーたちは、自分の職業に関係なく、一種のソーシャルクラブに所属している、という感覚ではないでしょうか。ですから、傍からは、ダイニングテーブルを囲んでワインを飲んでごちそうを食べるだけの、一般庶民の生活とは全く関係ない、時代遅れの金持ちクラブと見られることしばしば。

例外として、いまだに、昔のギルドの職業と関わりのあるリヴァリ・カンパニーのひとつとして、「偉大なる12」の5位に位置するGoldsmiths(ゴールドスミス、金細工師のギルド)があります。ゴールドスミス・カンパニーは、現在も、昔ながらの金銀細工の試金評価などを執り行っており、ゴールドスミスの検査の条件を満たした製品には、豹の頭(ゴールドスミスの紋章で、ロンドンのホールマーク)が打刻されます。また、第4位のFishmongers(フィッシュマンガーズ、魚業者のギルド)は、ロンドンのビリングスゲイト魚市場で販売される魚が一般の消費に適当な質であるかの検査を執り行っています。

ゴールドスミス・ホール脇の豹の頭(ロンドンのホールマーク)
特に由緒正しいリヴァリ・カンパニーは、シティー内に、非常に豪華なリヴァリ・ホール(Livery Hall)と呼ばれる拠点を持ち、もともと、ホールマークという言葉も、ゴールドスミスのリヴァリ・ホールであるゴールドスミス・ホールがその語源です。こうした、立派なリヴァリ・ホールは、一般人が見学する機会はあまりないのですが、直接、ホールに連絡して、見学ツアーを依頼したり、それぞれのホールでの催しなどに参加する事で足を踏み入れる事は可能です。ゴールドスミス・ホールなどは、宝石やアクセサリー、テーブルウェアの展覧会などを催すこともあるので、そうした際に、訪れてみるのも良いかもしれません。

もし、あなたが、「こんな由緒あるリヴァリ・カンパニーの会員になって、立派なホール内で、他のメンバーと優雅な会食でもしてみたい。」などと思ったら、現在、リヴァリ・カンパニーのメンバーになるには、どういう条件が必要か、というと・・・。まず、「偉大なる12」を含む由緒正しきリヴァリ・カンパニーのメンバーになるには、自分の血縁の誰かが、すでにメンバーであるか、または、むこうからすすんで招待されない限り、入るのは、難しいようです。まったくのよそ者の場合、そのカンパニーの古くからの産業に従事している事が有利に働くことはあり得るようですが、考慮されない場合もあり。次に、設立は古いものの、富に多少劣るリヴァリ・カンパニーは、血縁は重視するものの、外部からの申し込みも、比較的、積極的に考慮する姿勢があるとの事。更に、1929年以降に設立された比較的新しいリヴァリ・カンパニーは、逆に、その業界で働いている、または、働いていた事を条件とする場合がほとんどです。

すでに、シティー・オブ・ロンドンのフリーマンである人が、リヴァリ・カンパニーのメンバーになるには以下の方法があります。これは、すべてのリヴァリ・カンパニーに当てはまります。(1835年以降から、リヴァリ・カンパニーのメンバー以外でも、シティーと何らかの関係のある人物は、フリーマンになる事が可能となりました。また1996年以降は、外人でもフリーマンになる事ができるようになっています。フリーマンになるための条件はここでは触れませんが、中世のフリーマンと違い、最近は、単に名誉あること、歴史的なものだから、以外の価値はありません。もっとも、シティー内の行政に関与したい人は、フリーマンになることは最低条件ですが。)

1.血縁による参加(Patrimony)
両親または親戚が、参加したいリヴァリ・カンパニーのメンバーである事。
2.支払いによる参加(Redemption)
金が物言うとはその通り。ある一定の金額を払う事によりメンバーになる事が可能。カンパニーにより金額は異なるものの、ほとんどが500ポンド以上で、場合によっては、かなり高額なカンパニーもあり。
3.見習いとなる事による参加(Servitude・Apprenticeship)
これは、中世の時代では、一般的な方法でしたが、今ではまれ。
4.招待によるもの(Invitation)
王侯貴族、有名人、業界有力者でない、一般人には、まずこれはないでしょう。

結論:そんじょそこらの普通の人が、会員にぱっとなろうと思っても、そう簡単には、なれるものではない・・・という事。スポーツクラブのメンバーシップとは違うので。

通りから望むドレーパーズ・ホールの庭
という事で、「偉大なる12」の第3位であるドレーパーズの、ドレーパーズ・ホールが、先日、クリスマス・フェアを行っていたので、ドレーパーズのメンバーでない私は、これを機会に足を運んで、豪華絢爛な内部を覗いてきました。これに関しては、次の投稿に記すことにします。

コメント