エンピツが一本

ラジオを聞くでもなく、聞かぬでもなく、つけっぱなしにしたまま、何気なく、テーブルに置いてあった紙の切れ端にいたずら書きをしていました。そして、するする動く、鉛筆の描く線を眺め、ふと、「エンピツが一本、エンピツが一本、ぼくのポケットに~」と口ずさんでいる自分に気がついたのです。

「エンピツが一本」なんて、しばらく歌ったこともなかった古い歌、いきなり出てくるものです。坂本九が、この歌をうたったのは、1967年のこと。どひゃ!子供時代の記憶と言うのは、脳みその奥底に刻みつけられているのでしょう。とても良い歌詞なので、これを期に、全部載せてみます。作詞作曲は、浜口庫之助氏。「バラが咲いた」や、にしきのあきらが、指差して「きみーとぼくは、きみーとぼくは」と歌った「空に太陽がある限り」もこの人の作品なのだそうです。

エンピツが一本 エンピツが一本
ぼくのポケットに
エンピツが一本 エンピツが一本
ぼくの心に
青い空を書くときも
真っ赤な夕やけ書くときも
黒いあたまの
とんがったがエンピツが一本だけ

エンピツが一本 エンピツが一本
君のポケットに
エンピツが一本 エンピツが一本
君の心に
あしたの夢を書くときも
きのうの思い出書くときも
黒いあたまの
まるまったエンピツが一本だけ

エンピツが一本 エンピツが一本
ぼくのポケットに
エンピツが一本 エンピツが一本
ぼくの心に
小川の水の行く末も
風と木の葉のささやきも
黒いあたまの
ちびたエンピツが一本だけ

エンピツが一本 エンピツが一本
君のポケットに
エンピツが一本 エンピツが一本
君のこころに
夏の海辺の約束も
もいちど会えないさびしさも
黒いあたまの
かなしいエンピツが一本だけ

贅沢を言わせてもらえれば、真っ赤な夕やけ書くときは、赤鉛筆も加えて、「エンピツが2本」にしたい気もします。

道を行くときに、過ぎ行く景色をどれだけ組み入れられるかは、周囲に注意を払っているかどうかは元より、スピードも当然かかわってくるわけで、車よりは、ちゃり、ちゃりよりは、歩きの方が、一般的に気付くことも多いはず。また、デジカメを向けて、景色を取りまくるのは良いが、実際に、見るという事がおろそかになってやしないか、と時に思うこともあります。ボタンを押すだけよりも、えんぴつで観察しながら描くという作業は、時間がかかる分、倍以上の観察を要求されるので。また、文章をつづる時も同様で、消しゴムの乱用をしたくなければ、PCでキーボードをたたく速度より、ゆっくり、頭で考えてから、紙に字を置き。鉛筆は、「時には、スローテンポのアナログ思考をしてよ。」と訴えかけてくるような。景色や経験、思い出、希望を、黒いあたまのちびた鉛筆で、ゆっくり心につづる・・・いいじゃないですか。

我が家は、わりと鉛筆が沢山ある家です。メモ書きに使用するのは、ボールペンより、大体、鉛筆。以前、スーパーで1ダース1ポンドくらいの安い中国製の鉛筆を買って、使用したことがあるのですが、これが、削るたびに、芯がぼきんと折れ、いらいらするわ、みるみるうちに小さくなるわ。12本、どれを使っても同じ結果で、ついに、耐えられなくなり、すべて、チムニアに突っ込み燃やしてしまいました。量が沢山売れるように、わざと、すぐ折れる芯を作っているのではないかなどと、陰謀説まで頭に浮かび。「こんなお粗末な物を、わざわざ作ろう、そして、それを売ろうなどという考え自体が許せん!」と憤慨しました。安物買いの銭失い。

以後は、鉛筆は、ドイツのステッドラー社(Staedtler)か、ファーバーカステル社(Faber-Castell)のものにしか、お金を払わないことにしています。連続芯折れの安物より、高い金を払う価値は十分あり。たかが鉛筆であれど、その品質の差たるや、目を見張るものがあるのです。それに、どんなにささやかな消耗品でも、どうでもいいや、という態度で作られたものより、愛情こめて丹念に作られたものを使いたい。もっとも、鉛筆は、イギリスの会社でも、いいものありますし、また、日本製でもいいんですが、日本の鉛筆は、こちらで売られているのを見たことがありません。

ステッドラー、ファーバーカステルの両社とも、ドイツのニュルンベルク(Nuremberg)にある鉛筆の老舗。ライバルとして、以前、「どちらが、より古い会社であるか」でもめ、法廷で争ったこともあリます。人呼んで、「鉛筆戦争」。この裁判の結果は、ファーバーカステルの勝利に終わっています。なんでも、世界で一番最初に、鉛筆製造職人として記録に残っているのは、フリードリッヒ・ステッドラー(Friedrich Staedtler)氏だそうで、これは、17世紀半ばの事。ただし、ステッドラーが正式に会社として設立するのは、19世紀に入った1835年なのです。一方、カスパー・ファーバー(Kaspar Faber)が、ファーバーカステル社を設立したのは、1761年。以来、ずっと、ファーバー家に受け継がれて現在にいたっています。よって、ご先祖様が、鉛筆を作り始めたのは、ステッドラーの方が1世紀ほど早いものの、厳密に会社としての設立は、ファーバーカステル社が、世界で一番古い鉛筆会社となるのだそうです。ちなみに、現在のステッドラー社は、創立したステッドラー家の手から離れ、ファウンデーション(財団)によって経営されているそうです。

普段の文字書き用は、ステッドラー社のお馴染み黄色と黒の縞模様の鉛筆、スケッチ用、水彩色鉛筆は、ファーバーカステル社のものを愛用しています。もっとも、私の父が、私が高校生くらいの時に買ってくれたステッドラーの水彩色鉛筆セットの短いものも、まだ残っているのですが。ファーバーカステルの色鉛筆セットの缶には、堂々と、「Since 1761」(1761年からやってます)と書かれ、せっかく裁判に勝ったから、その歴史をアピール。

両社とも、品質改善、新しい技術の導入に余念なく、ステッドラーは、削っても芯が折れないように、芯をコーティングする技術を開発、その特許を獲得し、導入しているのだそうですし、ファーバーカステルも、握り具合の良いぼこぼこのグリップの付いた、三角の形の鉛筆をデザインしたり、水彩鉛筆作成の技術を、エコフレンドリーなものにしたりと、がんばっているようです。製造コストの高いドイツなので、両社とも、徐々に海外での製造を増やしているようですが、現段階では、いまだ、ステッドラーの収益の80%は、ドイツの工場での製造によるものだそうです。これって、結構、すごい・・・。

重機械のみならず、鉛筆のような物まで世界各国に輸出し、信頼を得ているメーカーが存在するドイツ、たいしたものです。総称して「Mittelstand」と呼ばれる、堅実なる物作りに励むドイツ中小企業の威力がひしひしと伝わってきますね~。これらドイツ中小企業は、主に代々創立者の家族により引き継がれることが多く、常に利益ばかりに焦点をあてる、近視眼的な株主たちに気を使うことなく、息長く会社が存在するのに役立つ長期計画が立てられるのが利点。従業員たちを大切にし、また従業員の忠誠を得ているケースも多いようです。(ドイツの「Mittelstand」に関するエコノミスト誌の記事は、こちらまで。)

ポケットにドイツ製の鉛筆を収め、心に日本の鉛筆を握って、外へ出かけてみたくなりました。

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