旅情

8月も終わりに近づいてきました。イギリスでは、気温は20度前後をうろちょろしています。もうはや、秋の気配が感じられ、昨夜はかなり冷え込み、場所によっては霜が降りたとか・・・。またひとつの、ホリデーシーズンが終わる・・・という感慨に、過去の幾つもの夏の記憶が蘇ってきます。それと共に、映画「Summertime 」(サマータイム、邦題は「旅情」)をなんとなく思い起こしていました。

ざっとしたあらすじは、ハイミスのアメリカ人女性、ジェーン(キャサリン・ヘプバーン)が、一人ヨーロッパ旅行をし、長年の憧れの地であったヴェニスへ足を踏み入れる。ヴェニスでアンティークショップを経営するイタリア男、レナート(ロッサノ・ブラッツィ)と恋に落ちて、ひと時を過ごす、というもの。うちの母親は、このロッサノ・ブラッツィが、ロマンス・グレーで素敵だ、と気に入っていましたっけ。

アーサー・ローレンツによる戯曲「The Time of the Cuckoo カッコウの季節」を元とし、監督のデヴィッド・リーンと、「ザ・ダーリン・バッズ・オブ・メイ」の作家、H.E.ベイツが脚本を手がけています。

独立した女性と自らを称しながらも、サン・マルコ広場のカフェで一人テーブルに座ると、目に入るのは、仲むつまじいカップルばかりで、やはり少々寂しくなってしまうジェーン。そんな彼女を近くのテーブルから観察していたのがレナート。彼が、よーく、じろじろと物色するのが、彼女の足首でした。見られていると気がついて、どぎまぎと去っていく彼女でしたが、赤いヴェネツィアン・グラスのゴブレットを買おうと入ったアンティークショップが、彼の経営の店で、二人は再び顔を合わせ、ジェーンは赤いゴブレットを彼から購入。お土産を買ったこの店の写真を撮ろうと、彼女がカメラを構えながら、少しずつ、後ずさりをして、運河へ落ちてしまう・・・という有名なシーンもありました。

レナートとデートの約束などもしたものの、彼は実は妻子があると発覚。ショックを受けるジェーンにレナートは妻とはもう愛情が無く、別居状態と説明。そして言うのが、

I am a man and you are a woman. But you say, 'It's wrong...' You are like a hungry child who's been given ravioli to eat. 'No,' you say, 'I want beefsteak.' My dear girl, you are hungry. Eat the ravioli.
私は男で、君は女だ。なのに、君は、「これは間違っている」と言う。ラビオリを食べるようにと出されたのに、「いやだ、ビーフステーキが食べたい」とだだをこねる、お腹を空かせた子供みたいに。ねえ、君はお腹が空いてるんだ、ラビオリを食べなさい。

えー、そんなー!ほんとのほんとに、ラビオリ食べたくなかったらどうするんじゃ!だって、これ、もっとぶしつけに言うと、「あんたは、男に飢えてるんだろうから、選り好みしてる立場じゃない。どんな男でも、我慢しろ。」というのと同じですよね。英語で言うと、「Beggars cannot be choosers. 乞食に選ぶ権利はない。」といったところ。あまりに失礼で、そして強引な、この口説き文句、可笑しい!それに対して、ジェーンは、

I'm not that hungry.
私、そこまでお腹空いていないわよ。

このジェーンが、時に口ずさむ言葉は、なかなかシャープで、ウィットが利いていて、くすっとなります。運河に落ちた後も、「オリンピックでの私の活躍を見て欲しかったわ。」とか言ってました。

最終的には、彼女、ラビオリの魅力に惹かれて、ロマンチックな一夜を過ごす事となります。それでも、この関係は長くは続かないと感じた彼女は、ヴェニスを発つ事を決めるのです。「パーティーは終わる前に、去ったほうがいい。」という彼女の方針で。ラストシーンは、動き出す電車の窓から顔を出すジェーン。そこへ、最後の別れを告げ、プレゼントを渡すために走ってくるレナート。電車は加速度を増し、追いつく事ができないレナートは、プレゼントの箱を開けて、中のものを見せると、それは、ジェーンが好きなクチナシの花一輪でした。すばらしいサマータイムにグッバイと、ジェーンは手を振りながら、レナートをプラットフォームに残し、去っていくのです。

まだ、日本にいた青春時代のひと夏、たしかデパートのパルコの広告のコピーに、「忘れられない夏がある。忘れられない人になる。」というのがありました。パルコの建物の上の広告版に書かれていたものです。楽しい時を共に過ごしても、もう、アルバムの中と思い出の中でしか会う事が無い人というのは、誰にでもいる。そんな人たちの顔が浮かんでは消える、繰り返される事の無い、ある夏の日の思い出の、せつないような、なつかしいような情緒が漂う、上手いコピーだと感心し、いまだに覚えているのです。この映画の宣伝文句にも使えそうです。

当時の旅行者は、きちっとしたスカートにハイヒール、持ち上げなければならないスーツケース、巨大なカメラ、など、移動も大変だったでしょう。ジェーンの持ってきたスーツケースにはレトロ感溢れていましたが、実用性は0ですね、きっと。

原題:Summertime
監督:David Lean
言語:英語
1955年

私が初めて、ヴェネツィア・・・ヴェニスへ遊びに行ったのも、もうずっと前の話になります。イタリア人の友達に連れられて、トリノ、イタリア側アルプス地域、マッジョーレ湖、ミラノ、ローマ、フィレンツェ、そしてヴェニスなどを、この初めてのイタリア旅行で、一気に回ったのでした。ヴェニスには、電車で行ったので、ジェーン同様、水の都に近づいていく灌漑もひとしおで。

ヴェニスでは特に何をした、という正確な記憶より、色々な印象が、サン・マルコ広場のハトの群れの様に、舞い降り、集まり、散って、飛び立つ・・・そんな感じでした。運河の水のきらきら、人々のはしゃぎ声、夏のイタリアの暑さ、店の窓、「旅情」や「フェリーニのカサノヴァ」などの過去見た映画のシーンからのイメージ、そしてもちろんゴンドラ。

この時のヴェニスの写真は、上に載せた一枚だけ。たしか、サン・マルコ寺院の2階から、サン・マルコ広場と運河を眺めている時、友達が後ろから取ってくれたものです。「振り向かないで、お願いだから」って感じですね。でも、あの時の感動が思い起こされ、今でも好きな写真です。

皆さん、良い夏を過ごしたでしょうか。忘れられない夏となり、忘れられない人となるような。

コメント

  1. 20代後半、私は学校と介護と仕事、毎日が一杯いっぱいでした。元々結婚願望もなく、仕事も趣味も楽しんでいたのですが、会社の後輩に、あなたはジェーンと一緒だと言われショックを受けました。告白する勇気もないくせに私の周りをついて回る男性がいました。告白もされていないとはっきりと振ることもできないと言うか、好意がない事は明白なのに、あきらめない相手。周りの人にはばれていました。それに乗らないのはステーキを求めているからと言われ凄い侮辱に感じました。たとえ思っていたとして相手に言える神経に驚きました。好きでもないのに思われているから応えるなんて一生ありえない。その人は年齢だからと結婚し、八か月で離婚しました。映画を見るたび、ジェーンの気持ちに寄り添います。

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    1. 見る人により、自分の経験と重ね合わせて、映画の印象というのも色々あるのだな、と読みながら思いました。

      レナートもジェーンも一応は相思相愛であっただろうし、ジェーンにしてみれば躊躇の原因は、ホリデー中の恋、というのと、相手は別居していても離婚していない妻あり、という事なので、後輩さんが、貴殿をジェーンと比べたこと自体がちょっとずれてますよね。ジェーンとて、レナートが好きでなければ、あいびきなんて考えもしなかったでしょう。全く興味がない相手なら、ステーキvsラビオリ以前の問題で。

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