ドゥンケルフラウテ
今朝、久しぶりに太陽を見た気がする。
ここ一週間というもの、ドゥンケルフラウテ(dunkelflaute)と称されるような天気が続いていた。ドゥンケルフラウテはドイツ語で「陰鬱な凪」のような意味だという。空をぴったりと覆いつくした雲のため、一体全体太陽がどこにあるかわからない灰色の世界。風も動かないので雲も動かない。一日中、何かの器の中に入って生活しているような雰囲気だ。もともと、この言葉は再生エネルギーに関連して使われる用語のようで、太陽エネルギーも、イギリスで盛んな風力エネルギーもあてにならない天気を指す。ドゥンケルフラウテ、ドゥンケルフラウテ……。散歩しながら何度か心の中で繰り返した。言葉の響き自体の澱んだ重苦しい感じが妙に風景にぴったりくる。
先月、米の作家レイ・ブラッドベリ(Ray Bradbury)の小説をいくつもオーディブルで聞いた。SFものなども多く書いていた人で、その短編のひとつにThe Rocket Man(宇宙飛行士)という話があった。萩尾望都がこれを漫画化していた記憶がある。宇宙に出ると地球の妻と息子が恋しく、地球にいると宇宙にまた旅立つことを夢見るという、二つの世界にゆれる宇宙飛行士の話だ。やがて、彼は宇宙船の事故で太陽に落ちて死んでしまう。以後、愛する人を奪った太陽を見るのがつらく、彼の妻と息子は日中はカーテンを閉めて眠り、外に出るのは夜か雨の日だけになった・・・というエンディング。これがイギリスの冬だったら、日中でも太陽を見ることなく、ほぼ毎日出歩けるのに。
11月は、丸一ヶ月日本へ帰国しており、青空の下色々と出歩いた。イギリスに戻った途端、この重苦しい天気に「うわ、戻って来てしまった!」と思った。帰国の翌日から日光不足を補うためのビタミンⅮの錠剤を取り始めた。年明け早々、イギリス人が一斉に次の夏の南国でのホリデーの予約に走るわけだ。「コスト・オブ・リビングで、生活費が急上昇して国民の生活は大変です」などとのニュースが流れたそのすぐ後で「夏のホリデーの予約が殺到しています」なんぞと言った感じの全くの矛盾のようなニュースが流れる。これを矛盾と感じないのは、夏の長期海外ホリデーが市民権のひとつのように捉えられているような国ならではか。
以前のブログ記事にも書いた1816年は夏のない年と呼ばれ、タンボラ火山噴火が原因で太陽が遮られた陰鬱な世界であったと言う。この夏に生まれたのが、ゴシック文学の代表作メアリー・シェリーの「フランケンシュタイン」だった。確かに、明るいお日様がさんさんとした原色の世界ではゴシックを書こうという気は起こらないかもしれない。
そういえば、前年(2024年)のイギリスの夏も妙に寒かった。一週間ほど、「お、夏が来た」と思ったら、それはあっという間に去った。夏服らしい夏服を着ないまま衣替えをした気がする。灼熱の日本とは大違い。
何でも、温暖化の影響でイギリスは逆に寒くなるのなどという話がある。考えてみればロンドンの緯度は北緯51度51分。日本の宗谷岬は45度31分だというので、それよりずっと北なのだ。にもかかわらずイギリスの冬はそこまで寒くならない。これはGulf Stream(メキシコ湾流)と主に南西から吹いてくる風のおかげだと言う。皮肉なもので、温暖化により、これらが乱されイギリスは今より寒くなる・・・・・・という人もいるようなのだ。本当にそんなことになるのなら長い冬の間、人間も冬眠できるのなら良いのだが。いずれにせよ天気が乱れているのは確かだ。
燃える日本と暗く凍えるイギリス。温暖化はなんとかしなければならないのに、昨今のニュースは歯止めをかけるどころか逆走しようという話でいっぱいだ。年明け早々、暗い話となってしまったが。
朝、散歩の時に見えていた太陽は、これを書き終えようという今、また姿を消してしまっている。小雨が降ってきた。明日の明け方頃には強風がやって来るという予報だ。やれやれ。
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