ディス

前回の投稿で、サフォーク州アイ(Eye)を訪れた話を書きましたが、その後、回る予定であった近郊の村ホクソン(Hoxne)へ行くバスに乗りそびれたため、そのまま、ロンドンからの電車が通っている駅がある町、ディス(Diss)へバスで戻り、ホクソンの代わりに、ディスの町中をゆっくり観光することにしました。ディスの町の古い部分の中心は、駅から、ちょっと離れていて、歩いて10~15分。アイから乗ったバスの終点が、ディスの町の中心近くなので、駅前ではなく、そこで下車しました。この辺りは、サフォーク州とノーフォーク州の境界線にありますが、ディスはノーフォーク州に入ります。

まず目に入るのは湖(ミア、Mere)。湖は、英語でレイク(Lake)というんじゃないのかい、と思う人もいるかもしれませんが、湖水地方でも、ウィンダミアのように、ミアと呼ばれるものもあれば、ダーウェント・ウォーター(Water)などのように、ウォーターと呼ばれるもの、更にはターン(Tarn)と称されるものもあります。ミアとレイクなるものの違いはなんじゃ?と聞かれても定かではないようで、習慣で、ミアと呼ばれるものもあるという事にしておきます。ディスの湖もミアと呼ばれ、またフラムリンガム城の近くにあった湖もミアと称されていました。もっとも、大きなウィンダミアなどに比べると、ディスのミアも、フラムリンガムのミアも、日本語では、規模的には、大型の「池」と呼んだ方が的確か、という気もします。

19世紀、このミアは、周りに存在した帽子、染色業者により、水銀の汚染がひどかったようで、にもかかわらず、この時代に、ミア内にはウナギが放たれていたのだそうです。この汚染に耐えかねたウナギたちは、水から陸地へ跳ね上がり、こんな汚い水内にいるよりは、と大量自殺を図ったのだとかいう話が、まことしやかに伝えられています。

現在は汚染の心配をすることもなく、数人、釣りをしている人たちもいました。ミアの脇には、ピクニックテーブルやベンチが並び、家族連れなども、アイスクリームを食べながら憩い。

ディス出身で、一番有名な人物は、ディスのタウン・サイン(上の写真)にも描かれている、詩人のジョン・スケルトン(John Skelton)。ジョン・スケルトンは、まだ王子であった頃の、ヘンリー8世の家庭教師をしたことでも知られます。1504年からは、ディスの教区牧師となり、余生を過ごします。死亡したのは、ウェストミンスターで、遺体は、ウェストミンスターの聖マーガレット教会内部に埋葬されたそうなのですが、現在は、それがどの場所であったか、定かでないということ。

ディスは、ジョン・スケルトンの他にも、1972年から84年まで、イギリスの桂冠詩人であり、テレビのプレゼンターとしても活躍した、ジョン・ベッジャマン(John Betjeman 1906-1984年)もゆかりの場所。ジョン・ベッジャマンは、ノーフォークの町の中で、ディスを一番気に入っていたという話で、ディス訪問のドキュメンタリーなども作成しています。古い建物と鉄道をこよなく愛した彼は、ロンドンのセント・パンクラス駅のヴィクトリア時代の駅舎を、取り壊しの危機から救った事から、セント・パンクロス駅には、それを記念した彼の銅像があります。この人の名は、日本では、「サー・ジョン・ベッジャマン」という、新種の薔薇の名前としての方が知られているかもしれません。

教会へと向かうショッピング街(ミア・ストリート)は、個性的な可愛らしい店がいくつか並んでいて、なかなかいい感じ。

もともと、今回のお出かけでは、アイとホクソンだけを訪れ、電車駅のあるディスは素通りでいいや、などと思っていたのです。その理由は、一日に3か所も回ると疲れるかもしれないし、グーグルマップでディス駅の周辺の道の様子などを見ていて、さびれた感じで、今一つ、気がそそらなかったため。ガイドブックには、駅から離れたところに、湖と町の中心があり、見どころもここに集中するとは書いてあったのですが、まあ、今回は見合わせようとしていたところ、たまたま、ホクソン行のバスに乗りそこなったおかげで、予定変更、思いがけず、ディスの散策をできたのは、災い転じて福となるです。想像していたより、ずっと良い町。

更には、ミア・ストリートにあった店で、長いこと探していた、調度使い勝手がいいサイズで、愛らしいデザインのショルダーバッグを見つけ、これも縁と購入。レジのおねえさんは、「あ、これ、仕入れたばかりなの。」私「布地の柄がとてもプリティー。」おねえさん「ああ、そうよね~。」家に帰ってからも、しみじみ、買って良かったと思えるデザインで、ながーくお付き合いできそうです。こういう旅先で日常使うものを買うというのは、私、結構好きです。思い出になるから。

ディス・ディスカウントなどというおちゃめな名前の格安、ディスカウント・ショップが、歴史的な建物の中に入っているのもご愛敬。

教会の前のマーケット・プレースには、ボランティアによって経営されているという、小さな地方博物館があったのですが、私たちが到着した3時で、調度閉まってしまったようで、おじさんがドアに鍵をかけているところでした。

ジョン・スケルトンが牧師をしていた教会内も、葬式が行われていて、内部は、入り口からちらっと見たくらいで終わりました。入り口の外壁は、アイの教会同様、フリント石を割って作られた、フラッシュワークがほどこされています。

教会の墓地の裏から出ると、16世紀に遡るというサラセンズ・ヘッド(Saracen's Head)というパブがありました。このパブに施されていた彫刻の顔のひとつが、

目が座っていて、その表情が、あまりに可笑しく写真を撮りました。これ、色を塗った人の腕が下手で、目の焦点が合わなくなっているのではないでしょうか。誰か、刷毛をください!私が塗りなおしてあげたい。

ちょっとした横丁に入っても、こじんまりとした小さな店や家が軒を並べ、趣きがいいです。

昔は、穀物の取引場として、活気をおびていた、コーン・ホール(Corn Hall)。現在は、コンサートなどに使用されているようです。

やはり昔ながらの建物が並び、チェーン店の進出をできるだけ抑え、独立した店を奨励している感のある、サフォーク州ウッドブリッジの街並みなどと雰囲気が似ています。

商店街の建物の木造の柱に刻まれた古そうな天使を、しげしげ眺めているとき、地元民風おばさんが寄ってきて、「素敵でしょう?」話をしていると、彼女は、もともとはニュージーランド人で、30年こちらに住んでいる人でした。

古い由緒ありそうな多くの建物、品は悪くないのに、気取らず庶民的、ウィンドウショッピングも楽しめる店もそれなりにあり、人は親切、ミアも風情良く、ロンドンへの便も悪くない。そんな好印象と、ミア・ストリートで買ったバッグを土産に、ホクソン行のバスに乗れなかった時の憤りも、すっかりどこかへ飛んで消え去り、満足して帰りの電車に乗り込みました。

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