思い出巡るメリーゴーランド

懐かしい昔に連れて行ってくれるメリーゴーランド

アメリカの人気テレビシリーズであった「ブレイキング・バッド、Breaking Bad」を、去年の春、もらったDVDで一気見して以来、他の映画などを見る時間が無くなるので、この手の長いテレビシリーズは、しばらく避けて手を付けなかったのですが、最近になって、やはり、人気を博したアメリカの「マッド・メン Mad Men」のシーズン1から3までの中古DVDを超特価で購入し、見始めました。恐れていた通り、はまっています・・・。60年代ニューヨークの広告代理店を舞台としたドラマですが、当時起こっていた社会事項や、実際に、本当の製品を取り上げて、代理店がどのように宣伝したか、なども見せていて、とても面白い。

シーズン1の最終回は、「The Wheel 輪」という題名でしたが、これは、当時のコダックの新製品であった、輪形をしたスライド再生機を話題とした話。コダック側は、ただ単に「輪」または、「ドーナッツ」というような、その形を連想させる商品名で、これを売り出そうとしていたのを、主人公の、広告代理店の腕利きドナルド・ドレイパー(ドン)が、ただの「輪っか」などという味もそっけもない名前ではなく、「Carousel」という名で売り出すことを提案。カルーセル(carousel)は、アメリカで、メリーゴーランドのこと。イギリスでは、カルーセルより、メリーゴーランド(merry-go-round)と呼ぶことの方が一般的でしょうか。日本語での昔風の言葉、「回転木馬」も、詩的でちょっと良い呼び名です。

さて、ドンの、コダック側へのセールス・プレゼンテーションは、ギリシャ語を語源とする「ノスタルジア」という言葉から始まります。ノスタルジアの元の意味は、「古い傷からの痛み」を意味したそうで、そこから、過去などを回顧したとき、ハートがきゅんと締め付けられるような痛みを意味する言葉へと発展。ドンのプレゼンは、このスライド再生機は、そんなノスタルジアを感じさせる過去へのタイムマシンだと続きます。再生されるスライドを眺めながら、思いは、巡り巡って、心痛くなるほど懐かしい昔、かつて自分が愛されていた時代へと舞い戻り、行ったり来たりの旅をする・・・よって、このスライド再生機は、単なる「輪」ではない、「カルーセル」だ、と締めくくるのです。奥さんとの仲がぎくしゃくし、結婚に亀裂が入っているドンは、カルーセルによって再生される、結婚して子供ができたばかりの頃の、笑顔いっぱいの家族写真をながめながら、自分自身の思いも、手の届かない幸せの時代に舞い戻る。また、プレゼンに居合わせたメンバーもそれぞれのノスタルジアで感無量となった面持。感銘を受けたコダック側は、他の代理店とのプレゼンの予約をすべてキャンセルし、このアイデアで販売をする事に合意。

広告は、イメージを売る仕事、ある物を呼び名を変えることだけによっても、潜在的購買者に対し、より魅力的な商品に見せる事ができるもんです。確かに、「輪」より「カルーセル」の方が、商品に対する感情移入が出てきますからね。

ここでカルーセル、メリーゴーランドなるものの歴史を少々調べてみました。

カルーセルという名前は、もともとはイタリア語、スペイン語で、「小さな戦い」を意味する言葉から派生したそうで、今のドリームランド風イメージとはちょいと違います。ヨーロッパからの十字軍の戦士たちが、トルコで、輪になって馬上で、玉を投げ合う行う競技を目撃し、ヨーロッパに持ち帰ったのが始まりだそうです。その競技の様子があまりにも真剣だったので、「小さな戦い」と描写されたとか。

ヨーロッパで、この遊びは、馬上で槍を使用する技術を磨くため、木の枝や杭から、リボンをつけて吊るされた輪を槍で射貫くゲームへと進展し、やがて、本物の馬でなく、またがれる木製の機材が使用されるようになります。それが、18世紀の終わりまでには、馬術や戦術とは全く関係なく、純粋に乗って楽しむ余興のためだけのものとなるのです。槍を持って輪を突く代わりに、木馬にのって回りながら、吊るしてある輪っかを手で掴む、というゲームも行われたそうです。最初の回転木馬は、馬やロバ、人間の力で動かされていた原始的なもの。やがて蒸気の時代、そして電気の時代となると、カルーセルは、一大発展を遂げ、現在の様な姿へと変わっていきます。当然、ひとつひとつの馬は職人によって掘り起こされた手作り。よって、外から見える側の方に、より入り組んだ装飾がほどこされていたそうです。最近の馬たちは、かつて職人が作っていたころのように、左右の模様が違うかどうかは、確認したことがないのでわかりませんが。

そのうちに、そうしたヨーロッパの木馬職人がアメリカに移住し、アメリカでも回転木馬は人気を博していくこととなります。なんでも、イギリスを含むヨーロッパでは回転木馬は時計方向回りなのに、アメリカでは逆回りだったそうで、詳細な装飾を施す側は、ヨーロッパのものは、馬の左側であったのに対し、アメリカのものは馬の右側の方だったそうです。これはなんでも、吊るしてある輪を掴む遊びをする時に、時計と反対周りの方が、右利きの人がやりやすいから、という考慮からであったとか。アメリカ各地で、動物園なども開き始めると、馬の他にも色々な動物がカルーセルの乗り物として組み込まれていき。そうした、木製動物のカルーセルも、まずは第一次世界大戦後の木材の不足で打撃を受け、やがては、1930年代の大恐慌で、最盛期は終焉となります。

黄金時代が過ぎてしまい、手作りの回転木馬などにはお目にかからない現在でも、未だに、メリーゴランドは、ファンフェア(移動遊園地)などでよく見かけます。テムズ川のほとりを歩いていても、遭遇しますし。恐怖のジェットコースターに比べ、小さな子供も楽しめる上、大人も、「ちょっと恥ずかしいけど、乗ってみるかな」という気になる、昔に帰った気分に浸れることが人気なのでしょう。それこそ、ノスタルジアで胸をいっぱにしながら、メリーゴーランドが連れて行ってくれる、束の間の時間旅行を味わう乗り物として。

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