ハトのクーちゃん

2週間前、家の前で雨樋の修理をしていただんなが、「おーい!おーい!」と呼ぶのです。何かと思って家の前を覗くと、前庭に面した道路に、ハトが一羽うずくまり、だんなは、脱いだ靴を片手にかざして、向かいの家の前で、そのハトをじっと見ている三毛猫を脅かしていました。「あの猫に襲い掛かられて動けない鳩がいるから、何か、鳩を入れられる箱持ってきて。」私が、そそくさと箱を渡すと、だんなは、ちじこまるハトを箱に移して、お遊び用の獲物を逃した猫を尻目に、うちの裏庭に移動。

花壇の片隅に、箱から出して鳩を置くと、そのままじとっと、羽を膨らませうずくまっている・・・。だんなは、庭の小鳥用の餌を、常時10キロくらい蓄え持っている隣の家に行って、餌を少し分けてもらい、それを鳩の顔の前に置くと、しばらくじっとそれを眺めていたもののやがて立ち上がって、むしゃむしゃむしゃ。

見た目から、まだ雛に毛が生えたくらいの若いハトでしょう。血も出ておらず、あからさまな外傷は無いものの、飛ぶ様子は一切見せず、歩き出しても、のろのろ。片足を少しかまれたのか、ひょこひょこ引きずっている・・・まだ良く飛べないうちに巣から転がり落ちて、猫に押さえつけられたのかな。これだけ食欲があれば、面倒見れば生き延びるかも;と、大き目の浅いダンボール箱にハトを移し、トマトの苗を引き抜いて整理したばかりのグリーンハウス(温室)を、臨時のハト・ホテルとすることにしました。お泊り、おひとり様ー!

このハトは、Collared Dove(コラード・ダヴ、シラコバト)。英語の直訳は、「首輪バト」とでも言うのか、首の周りに黒い首輪か襟のような線が入っているのが特徴です。「クークーククー、クークーククー」とい う、のどかな鳴き声でもおなじみ。イギリスの生き物辞典によると、シラコバトは、1930年代までは、ヨーロッパではバルカン半島辺りにしか生息していなかったものを、その後、大変な勢いで生息地域が増え、1950年代に、イギリスでも見られるようになり、今では、イギリス国内で沢山見られる鳥です。

うちの庭に来る、いわゆる「ハト」は、このシラコバトのほかに、Wood Pigeon(ウッド・ピジョン、モリバト)がいます。上の写真がそれ。こちらは、シラコバトより、ずっと大型で、イギリスで一番大きいハト。身体も見るからに重そう。飛び立つときは、ひゅんひゅんと羽が風を打つ音が響きます。

拾ったハトは、クーちゃんと命名しました。約1週間、クーちゃんは、温室で食っちゃ寝。私達が庭にいる時は、温室のドアを開けっぱなしにしておいたので、時々、のこのこと外へ出て、庭の一部を散歩しては、疲れると、自ら温室へ戻り。「クーちゃん」と声をかけると、足元に寄って来る様子が、なんとも可愛かったです。ただ、面白いのが、夕方、日が沈みかけてくると、本能で、どこか安全に夜を過ごせる高いところへ行かねばならぬ・・・と感じるのか、そわそわし始め、空を見上げて、羽をばたつかせるのです。そして、まだ飛べないとわかると、植木鉢の後ろや茂みの下などに潜り込もうとする。仕方なく、何度か、夕方になると追い掛け回して捕まえては、温室内のダンボールのベッドに戻すという作業をしていました。箱に戻すと、もう即座に、寝る体制に入るのです。赤ん坊と同じ。

毎夕方、こうして羽をばたつかせているうちに、徐々に、飛べる距離が伸びてきて、温室ホテルにチェックインの1週間後の夕刻、ついに、隣の家の屋根まで飛び立ったのでした。夕焼けをぼんやり眺めながら、屋根の上にいつまでも座っているものだから、「早く、どこか安全な寝場所を探さないと、クーちゃん、鷹にやられるよ!夕日なんて見てないで!」と少々、心配しているうちに、どこかへ飛び立っていった。あーあ、行っちゃった。

と思いきや、初めて外で夜を過ごした翌日、開け放して餌を置いたままにしておいた温室にちゃっかり戻ってきて、かなり長い時間、温室と庭をうろうろ。そして、夕方になると、寝るためにどこかへ飛んで行く。飛び方も、まだ、少々情けないところがあるものの、飛行距離は確実に、伸びていっている感じでした。こうして、また1週間経ち。毎日、少しずつ、体力つけて飛び方が上手くなり、私たちが、時に餌をやっていれば、この冬乗り越えられるかな。ただし、飛行と飛行の間に、疲れるのか、空から天敵のスパローホーク(鷹)がやって来る危険を知らないのか、屋根などで、それは長い間、座っているのです。私達がすぐそばにいれば、人間を極力避ける鷹は、おそらくやってこないけれど、遠い屋根や塀にぼけっと座っていたら、かなりやばいと、それは、常に心配でした。

私が、最後にクーちゃんを見たのは、日差しも暖かい夕刻。だんなは、パティオのテーブルに座って大工作業。私は、キッチンのドアを開けたまま、夕飯の支度。クーちゃんは、パティオのすぐ脇のキッチンドアから2メートルほどの塀に座って、日向ぼっこをしながら、私とだんなを交互に眺めていたのです。まるで、幸せな家族の肖像のようなシーンだなと思いながら、私は、「クーちゃん、こっち見てー」と記念写真も撮りました。翌日は、私は朝早くから出かけ、一切、クーちゃんを見ずに終わり、だんなによると、やはり、一日パティオで大工作業をしていただんなの足元をちょろちょろ歩き回り、うちの庭の塀、隣の庭の塀で日向ぼっこをし過ごしていたという事。その日の夕方、近所のおじさんが、「今日、庭で鷹が、モリバトに襲い掛かるのを見たけど、重すぎて持っていけず、失敗していた。モリバトは逃げ切ったよ。」などという話をしており、いやーな気がしたのです、これが。

その翌日、私たちは、外出し、戻った後、温室を見てみると、餌をつついた形跡も、いつもなら残っているクーちゃんのうんこも、一切無い・・・。だんなは、隣の庭を覗きに行き、塀の脇に、ハトの羽が2,3散っているのを目撃。塀越しに、更にその隣の家の庭を覗くと、無数に散らばった羽があったそうです。この家は、今年なくなったおばあさんの庭で、家はすでに売られていたものの、まだ新しい住人は引っ越してきていないので、だんなは、木戸から、その庭へ侵入して、散らばった羽をかき集めて戻ってきました。界隈にシラコバトは多いものの、その中で一番飛び方がおぼつかないハトである、クーちゃんが、鷹にやられたことは、これで、ほぼ間違いなしです。モリバトを逃して、腹を空かせた鷹が食べたのか・・・だんなによると、羽の他には、足がひとつ残ってるだけだったそうです。大体の場合、猫にやられた鳥の死骸は、身体の大部分が残っている事が多いですが、鷹にやられた場合は、羽のほかに、くちばし、頭蓋骨だけとか、足だけとかが残るのみ。クーちゃんの羽は大き目の2本だけを記念に取っておく事にして、残りは、温室のそばの花壇の隅に埋めました。

シラコバトが、孵化してから、飛べるようになるまで約20日ということで、それを考えると、クーちゃんの命は、約1ヶ月と少しだったのでしょうか。その半分を、うちの庭で過ごしたことになるわけです。ちなみに、ペットとして檻で飼われるハトは、10年ほど生きることができ、場合によっては30年生きるものもいるのだそうです。対照的に、無事大人になっても、自然に外で生きるハトの平均寿命は、2,3年とか。自然界は、きびしいです。今更ですが。

鷹に食べられた、はとや小鳥の羽やくちばしは、時にうちの庭の奥でも発見することがあり、そういう殺鳥現場を見下ろしては、「あーあ、また小鳥が食べられちゃったや。」と思い、「やれやれ、鳥も大変だ。」という気持ちはあっても、悲しくはなかった、それなのに、クーちゃんの羽を見ながら、涙がじわーっとでてきました。たかが、ハトではあるけれど。そして、アントワーヌ・ド・サン=テグジュぺリ作「星の王子さま」(英語の題名は、The Little Prince)の中で、王子さまがきつねと話をしている時に、きつねが言う台詞が思い出されたのです。

「僕にとって君は、まだ、何百何千といる他の少年達とまったく同じの、ただの一人の少年にしかすぎない存在だよ。僕は君を必要としなければ、君もまた、僕なんかどうでもいい。だって、君にとっても、僕は、何百何千と存在する他のキツネとまったく変わらない存在だから。でも、もし君が僕と親しくなったら(英語では、「tame 飼いならしたら」という言葉を使っています)、僕たちはお互いを必要とするようになるんだ。僕にとって、君は世界で特別な存在となり、君にとって、僕は世界で特別な存在となるから。」

時間と手間をかけて関係を育てたものは、大切な存在になるのです。私にとっては、世界で唯一の特別なシラコバトだったクーちゃん。さようなら。星の王子さまと同じように、夕日を眺めるのが好きだった、クーちゃん。

クーちゃんのために、温室をいつもあけたままにしていたこの2週間の間に、ハリネズミ(ヘッジホッグ)が温室に紛れ込む、という出来事もありました。そろそろ、冬眠を考えなければならない季節。普段は夜行性の動物ですが、どこか冬眠に良い場所ないかと、歩き回っているうちに、温室のドアから入り込み、出られなくなった模様。私が、発見したときには、後ろ足で立って、ガラスをこりこりひっかいていました。

ハリネズミは、大変目が悪い動物だということで、危険を察知すると、顔を引っ込め、丸くなります。丸くなった状態のこのハリネズミを、箱に落として、庭の奥に移しました。ハリは、結構固いです。そのまま、息をひそめて観察すること約5分。「危険が去ったかな」と再び顔を出したハリネズミは、見かけによらない大変な早足で、塀の下のわずかな隙間から、反対側の家の庭に消えていきました。このハリネズミも、まだ比較的小さく、初めての冬越えかもしれません。良い冬眠場所みつかるといいね。イギリス内で、一番愛されている野生の哺乳動物というハリネズミも、数の減少が心配されていますから。ハリネズミの主食は、ミミズや昆虫。ハリネズミのために、と、庭に、パンやミルクを置く人もいるようですが、これは、ハリネズミの消化不良につながり、非常に悪いことなので、出すのだったら、ドッグフードあたりの方が良いようです。

郊外の、何の変哲も無いうちの庭ですが、季節を通し、一年を通し、色々な野生の生き物のドラマが繰り広げられています。外では、強い風が立ってきました。今夜から明日の朝にかけて、暴風雨が予報されています。野生の鳥達にはつらい夜となりそうです。

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