マーガレット・サッチャー 鉄の女

実に久しぶりに映画館に足を運びました。私がイギリスへやってきたのは、マーガレット・サッチャー政権の真っ只中。特に、マギー(サッチャー女史の愛称)ファンでも、保守党(トーリー)支持でもありませんが、この期間起こった色々な事件を追いながら、こちらに住み始めてからの自分の生活を振り返って、私にはメモリーレーンを辿るような映画鑑賞となりました。

この映画の批判としては、特にトーリーの政治家から、「まだ生きている人物をぼけ老人として描くのは趣味が悪い」「彼女のやった事にスポットをあてるより、現在の彼女のぼけぶりに焦点を当てている」などがありました。その一方、アルツハイマー病の患者のための慈善団体の人がラジオで、「著名人がやはり、こうした症状に悩んでいるというのを、スクリーンに映すのは、同じ病気を持つ患者達にとっては良い事だ。」のような意見を述べているのを聞きました。また、サッチャー女史自信、当初は絶対見ない、とがんばっていたのを、見て、まんざらでもなかったような話ですが。

確かに映画の半分以上は、少々ぼけてしまっているサッチャー女史が、亡き夫、デニスが忘れられず、まだそばにいるようにして語りかけ、フラッシュバックにより、過去の出来事を細切れに映し出す・・・というもの。それぞれのフラッシュバックにより挿入される事件や、政治事項は短いので、彼女の時代に何が起こったか、どういう事をしたかを、知りたくて見に行く人、また、予備背景知識無しで見に行くと、少々、物足りなさが残る事でしょう。年老いた政治家が、長年付き添った伴侶の死からなかなか立ち直れず、過去を思う映画・・・だと思って見に行けば、それでも、それなりに良い映画だと思います。

フラッシュバックで描写される過去は・・・雑貨屋の娘として生まれ、勤勉によりオックスフォードへ入学、男性ばかりが幅を利かせていた政治界に乗り込む、離婚歴ある実業家、デニス・サッチャーとの結婚、党リーダーへ立候補するため、リーダー的イメージ作りに、エロキューションレッスンを受け、強いイメージの髪型、洋服を考案。そして、首相になってからの事件としては、各地で起こるIRA(アイルランド共和軍)による爆弾騒ぎ、イギリス産業の効率を阻む労働組合の力を抑えるための、労組との対立、炭鉱の閉鎖とそれに伴う暴動、フォークランド戦争、東欧との冷戦の終結、官僚主義はびこるEUに反発してのヨーロッパとの対立、政治的に致命傷となる人頭税導入。そして、徐々に、独裁者の様に傍若無人な振る舞いを初め、党メンバーの反感を買い、党内有力者を敵に回して、押し出される形での辞任。

IRAの爆弾騒ぎでは、特に、ブライトンで行われた保守党党大会の際に、ホテルが爆弾で大被害を受け、彼女自身もあやうく命を落とすほどのものでした。実際、この爆発シーン、音にびっくりして、映画館の座席の上で飛び上がりそうでした。この他にも、当時のロンドンは、とにかく爆弾が仕掛けやすい場所を無くす意味で、くずかごなども、ほぼ全部ふさがれていたものです。

一緒に見に行った友人は、保守党もサチャーも大嫌い、サッチャーがイギリス社会を自分さえ良ければ後はどうでもいいような利己主義社会にしたと。「メリル・ストリープはファンタースティック。でも、どんなに同情的に描いてあっても、彼女の現状を可哀想だと思う気は全く無い。」そうです。私は、理不尽なまでの力を振るっていた労組を押さえ込んだのは良かったのではないかと思うのですが、彼女の政権で一番悪いと思うのが、映画内では言及されていなかった「Right to buy」(購入権)。低所得者のための公共住宅を、住人達が、何年その住宅に住んだかによって、破格の値段で購入する権利を与えた事。大体の場合が市価をはるかに下回る値段。「人は、所有するのもが増えると、それを失う事を恐れ、保守的になる。」という、シニカルな人気取り政策です。

メリル・ストリープのアクセントは確かに、天下一品でした。ラジオのインタビューで、彼女いわく、イギリス人は、大体アクセントで、バックグラウンドと、どのあたりの地方の出身かわかるけれど、マーガレット・サッチャーのアクセントは、なんとなく上流風ではあるものの、はっきりと、一体どういうバックグラウンドか断言できず、彼女の髪型などと同じで、作られたものであるため、実際、どんな人間なのか、把握しがたい感がある。・・・というようなことを言っていました。

なんでも、前仏大統領ミッテランは、彼女を描写して、「カリギュラの様な目をして、マリリン・モンローの様な口を持った女性」と称したとやら。カリギュラの目はわかりますが、モンローの口は・・・。

この映画、邦題は、「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」となるという話ですが・・・あまりに、ださくないですか?何故、こんな、スポ根風の副題をつけるのでしょう?「鉄の女」だけだと、まずいのでしょうか?「鉄人28号」のような映画を想像して見に行ってしまう人がいると思っての事でしょうか?内容を少々暗示させる副題をつけないといけないと思っているのでしょうか?だとしたら、日本の映画タイトルの翻訳家は、観客の知性をばかにしているとしか思えないです。

原題:The Iron Lady
監督:Phyllida Loyd
言語:英語
2012年

追記

2013年4月8日:マーガレット・サッチャーが、87歳で、ロンドンのリッツホテルにて死去のニュースが流れました。「偉大な政治家が亡くなった。」という人と、「彼女が今の社会の貧富の差と強欲の根源だ。」という人と、いまだ、真っ二つに別れた反応と、感想が報道されています。

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