イギリスのトラックの運ちゃん不足

 トラック野郎、というと、私はいつも、伊丹十三監督の映画「タンポポ」に登場する山崎努を思い出します。パチンコ台のような派手なトラックを運転する菅原文太の70年代の映画シリーズ、「トラック野郎」は、イメージだけはあるものの、映画として最初から最後まで見たことがないので。今になってから、ちょっと見てみようかな、という気も起っていますが。

「タンポポ」では、さすらいのカーボーイ風の格好をしたトラック運転手が、ある日、仕事の途中で、まずいラーメン屋に立ち寄る。そして、そこの未亡人経営者を助けて、立派な美味しいラーメン屋にし、格好よく、再び風のように去っていく、という内容でした。シェーンかなんかの西部劇のパロディーのような感じ。これは、ロンドンのハムステッドにあるエヴリマンという名画座風の映画館で見て、よく記憶に残っているのです。場内でのイギリス人観客の反応もなかなか良かったです。

欧米で、こうしたトラック運転手をヒーローにした映画というのは、ちょっと思い当たりません。イギリスで長距離大型トラック運転手というと、なぜか、太めで、とても不健康な様子をした人を思い浮かべてしまいますので、あまりヒーローという感はないし。ぱっと浮かぶところで、アメリカの1971年のスピルバーグ監督の映画、「激突!」(英語の原題はDuelで、決闘の意)ですか。あれに出てくる、大型トラック運転手は、ヒーローどころか、道でサラリーマン運転の乗用車に追い抜かれた、ただそれだけで、恨みを持ち、その車を追い回し、大きな車体で体当たりしてくるという、とんでもない奴でした。それに運転手は顔を表さず、手だけしか見えないというのも不気味で、下手なホラー映画より恐ろしかったですね。

 さて、なんで、こんな話をしたか。イギリスでは現在、トラック野郎ならぬ、HGV(Heavy Goods Vehicle 大型トラック)ドライバーが不足で、物流に大きな影を落としています。 特に、ここ数日、問題になっているのが、石油をガソリンスタンドに運ぶタンクローリー運転手の不足で、いくつかのガソリンスタンドが商品切れで、閉じてしまうという騒ぎ。思えば、タンポポのトラック運転手も、たしか、ガソリンを運ぶタンクローリードライバーでしたかね。

それで、政府が、「ガソリンはたくさんあります。運転手の数が少ないだけなので。Don't panic.(パニクらないように願います。)」この、ドント・パニックがまずかったのか。人は、パニクるなと言われると、これは本当に危ないかも、と返ってパニックを起こす、よって、一部ガソリンスタンドの前には、ここ数日、長蛇の列ができているようです。そうなると、パニックがパニックを煽り、事態は必要以上に悪化する。それに、車でしょっちゅう移動の必要がある仕事の人にとっては、パニくるなというのも無理。うちのだんなは、この騒ぎになる数日前、ラッキーにも、満タンにしていました。まあ、あまり車は使わない家庭ですが。

ブレグジット(EU離脱)によって、ポーランド人などの東欧のドライバーが大挙して国へ帰ってしまった上、コロナの影響で、大型トラックライセンスを取るテストが大幅に遅れている。それに、テストを行う人、トレーニングをする人も数が足りていないらしい。だいたい、それ以前の問題として、イギリスの若者でトラックの運転手をやりたがる人自体が少ないようです。

なんでも、現段階で、あらゆる大型トラックのドライバーは10万人ほど足りないという。しかも、現役ドライバーの平均年齢は、55歳だと言います。新しく始める人より、退職者が多い状況。これは、やばいでしょう。 ニュースで長距離ドライバーの人がインタヴューされてましたが、時には、1週間ぐらい家を離れて路上での生活。トラックの中は、ある程度は快適にしてあるものの、イギリスの道路際のトイレやシャワーの設備は、ヨーロッパに比べは悲惨なものだし、食事もおいしいものにありつけず、とにかく時間拘束が長いので、小さい子供のいる家庭の長などがやりたがらないのは、わかる、といった内容でした。

ブレグジットで色々弊害が出ることは、もうかなり長い間わかっていたはずなのに、そのためにはどうしたらいいか、ひとつひとつ、課題を挙げて、対処策を、事前から考えておくべきだったのに、「その時になれば、何とかなる」と思ったのか。

東欧の移民が増えすぎたのが嫌であったというのが、ブレグジット側の勝利の大きな要因であったため、政府としては、どうしても再びヨーロッパから人を呼んで、雇いたくないところだったのでしょうが、今回のガソリンスタンド・パニック騒ぎに至り、やっと、今からクリスマスまでの短期間だけ、特別ビザを出して、東欧などのドライバーを勧誘するという処置を打ち出しました。が、その発行するビザの数は5000のみ。イギリスほどではないにしても、ヨーロッパでも、トラックドライバーの数は足りていないという話もありますから、そんな短期間のためだけに、イギリスに来る人たちがどのくらいいるのやら。それに、その5000人が全員、ガソリン輸送のタンクローリードライバーとして働くかどうかも不明。このほかに、軍隊を使ってガソリンを運ぶなんて話もでてきてます。また、すでに引退しているHGVドライバーに、戻ってきてとラブコールを振りまいたりもして。

屠畜場でも人出が足りておらず、こちらも、短期間のビザを発行する可能性がありそうです。やがては、フィリピンから屠畜場で働く人を雇うなどという話も耳にしました。イギリス人の仕事を守れーなどと、騒いでいたのに、やる人がでてこなきゃしょうがない。

こうした、国民があまりやりたがらない仕事を、外人に頼らずにやるには、待遇をぐっとあげ、賃金も大幅引き上げ、などしないと今後のなりゆきは難しいかもしれません。以前、「水仙畑で花を摘むのは」というブログポストにも書いたように・・・。そうなれば、当然、国民は、サービスや商品にもっと高額を払う必要がでてくるでしょう。母国のトラック野郎を増やしたかったら、道路上での設備の改善、シフトなどの生活とのバランスの取れた仕事環境の改善、高賃金・・・色々やることはありますが、時間がかかりそうです。

 追記:10月3日

イギリス国内で、場所によっては、騒ぎは収まっているようですが、人口の多いロンドンとイングランド南東部は、いまだガソリンスタンド前の車の長蛇の列は続いており、ついに明日から軍の運転手がガソリン配送の手伝いを始めることとなりました。政府としては、パニック買いが数日で止まって、問題が自然消滅をし、軍に助けを借りるまでには至らないように願っていたところでしょうが、地域によっては、ガソリンが切れて仕事に行けない人たちが出、また、長蛇の列にぶっちぎれた運転手間での殴り合い、ガソリンスタンドの経営者に殴るけるの暴行を加える者まで出ているので、ついに、という感じです。

トラック運転手不足は、ガソリンのみの問題でなく、多岐にわたっており、この事件は、今後のトラブルのほんの序曲かもしれない気がします。

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